浜田寿美男

略歴

1947年香川県生まれ。京都大学大学院文学研究科(心理学)博士課程単位取得後退学。現在奈良女子大学教授。専攻は発達心理学、法心理学。

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論文・エッセイ

子どもが「巣立つ」ということ −その1−「私」は自由ではない

浜田 寿美男
私は発達心理学者!?

 この新しいコーナーで、子どもが「巣立つ」ということをテーマに、何回かの連載記事を書くことになった。というか、正直いって、そうなってしまったと言った方が正確です。私のなかでは、残念ながらこの「しまった」というところにアクセントがあります。何しろ引き受けてはみたものの、これを書こうというしっかりした目算があるわけではないのですから。

 こんな依頼が入ったのは、私が曲がりなりにも、これまで長く発達心理学という領域で仕事をしてきたからでしょうけれど、じつはここでもまたアクセントは「曲がりなりにも」というところにあるのですね。じっさい、発達心理学者というと、なにかいつも「発達、発達」と言って、まるで人生は発達のためにあるかのように言う手合いが多くて、私自身、一緒にされたくないって、つくづく思ってきたのです。

 それでも、周囲にへきえきしながら、三十余年もこの世界で生きていれば、いろいろわかっているところもあるはず、編集部からはそう思われたのかもしれません。だとすれば、最初からお断わりしておかなければならないところです。というのも、私自身はそこのところでむしろ開き直って、人間のことって、そうそう簡単にわかるわけはないし、私自身わからないことだらけと思っているからです。こんなふうに言うと、ずいぶん無責任に聞こえるかも知れませんが、じつはこの「わからない」ということがまず出発点。

 世間では、ほんとうはよくわかっていないことを、まるでわかっているかのように話を進めて、その結果おかしなところにはまりこんで、だけどそのことに気づかない、といったことがしばしばあります。そうだとすれば、そこんところでもつれている糸を、少しでもほぐしていくというのも大事な仕事。私にできることがあるとすれば、そこぐらいかな、って思っているのです。

  みんながわかっているふうに思ってしまっているところを、ちょっと視点を変えて、ほんとうはよくわかっていないんじゃないかと考えなおしてみること、そこから出発してみたいと思います。
私のことは私が決める?

  で、最初に考えたいのが「私」ということです。
  私たちはみんな、私は私、って思っています。この私がいて、この世界を生きている、そしてこの私のことは私が決めるんだって思っています。だけど、ほんとうにそうでしょうか。

 ここでテーマになる「巣立ち」なんかも、親に守られているところから「独り立ち」するというような感じで、「私」が自立して一人で生きていく、あるいは自分のことは自分で決めて、責任は自分で負うといったイメージで考えがちだと思うのですが、そもそもそんなことができるのでしょうか。

  じつのところを言えば、「私」というのは自分のことを自分で自由に決められるほど、自由な存在でありません。
  一つには、何かしたいと思っても、周囲の状況でなかなかうまくいかない。旅行に行っておいしいものを腹いっぱい食べたいと思っても、お金がなかったり、時間がなかったり……そんな不自由がいくらもあります。

  そしてそれよりもっと問題なのは、これをしたい、あれをしたいという、その自分の思いが実現しないとき、これを簡単には断念できない、つまり自分で自分を左右できないということ。これが二つ目の不自由です。

 たとえば、好きな人ができて、思いを打ち明けたが、相手が自分の思いに応じてくれない。それは第一の不自由ですが、そのうえで、相手が応じてくれないからと言って、すぐに気持ちを切り替えて、その人のことをあきらめるというふうに簡単にはいかない。そうして自分の思いをもてあまして、日々の生活が破綻することさえある。 人は自分自身の思いさえ、たやすく自分でコントロールできない。こういうことが私たちにはいっぱいある。この不自由こそは、人間の厳然たる事実です。
「私」は身体の後からやってくる

  ところが私たちは、このことを正面から認めず、自分のことくらいは、自分で決められるのが当然だと思っている節があって、そのことを人にも自分にも要求しがちです。だけど、そこにはやはり無理があります。
 そもそも「私」というものが、どうやって成り立ってくるかを考えればわかりますが、「私」というのは身体の後にやってくる。私たちは気がついたら生きていたんですね。「私」の成立以前のところですでに身体はあって、その身体の働きのうえにこそ「私」は、いわば後進のものとして成り立ってきたのです。

 じっさい人間も最初は受精卵だった。私もあなたも、彼も彼女もそうです。肉眼で見えるかどうかというくらいの小さな受精卵からはじまって、細胞分裂を繰り返し、膨大な数の細胞が組織を形成し、器官を作り出し、胎児の身体をなすようになる。その胎児が時とともに育ち、やがて母の胎内から出でて、赤ちゃんとして誕生する。

  その育ちは人間の人為では左右できない、まさに自然の営みですし、自然の計画したとおりの流れです。「私」というものが登場するのは、その流れのさらに延長上のことであって、けっして流れの最初からあるものではありません。

  身体のうえに私が成立するのであって、私のうえに身体が成立するのではない。この当たり前の事実を考えただけで、私でもって私を左右しきれないということは当然だということに気づくはずです。

  さてさて、とんでもないところからはじめてしまったかもしれません。だけどこのことの確認をしておかなければ、子どもの「巣立ち」について語る話が、安易なハウ・ツウ話になりかねません。
  人間の出来事は人間の意志であれこれいじって、簡単にどうこうできるものではない、そういうままならないものだということを、まず最初に押さえて、次回からは少し具体的な話を入れてお話していきたいと思います。
参考になる本

* 滝川一廣さんは『「こころ」はどこで壊れるか』(洋泉社)という本のなかで、「こころは不自由なものだ」というところから出発して、いろいろ興味深い話を語ってくれています。
* 私は以前に文字通り『「私」とは何か』(講談社)という本を書いています。直接はこの連載と関係ありませんが、読んでいただければ嬉しい。

(掲載誌:『おそい・はやい』第20号 ジャパンマシンスト社)

受講生からの感想

講義 「ことば」とは何か (第4期講座)

*言葉によって世界が立ち上がるというお話を聞いて/知的障害者施設で係長をしています。毎日職員による申し送りの場面に立ち会っているのですが、これも言ってみれば、職員の語りによってある種の世界が立ち上げられているのか、と思いました。そこでの言い方や語られ方にもう少し注意しなければいけないのかとも。にしても、施設職員の世界では断片的な言葉によってけっこう曖昧なイメージが共有かされている気がして、ちょっと問題かな?と思いました。
[村松亘さんの感想]

*3回目の講義は、ほんとうは旅行中で欠席の予定だったのだが、旅行予定を短縮して受講した。というと随分熱心なようだが、実をいえば、恥ずかしいことに、受講前浜田氏の名前を知らなかった。乱暴な話で、年間一括受講方式の、とりあえず何にでも食らいつくピラニア精神、上品な言い方をすれば知の冒険精神で、興味のあるなし関係なく受講する方針だったのだが、それが幸いした。

 ——と、ここまで書いて気づいたのであるが、今、私は氏の言うところの『逆行的構成』を実行しているのではないだろうか? 体験時の視点と、それを想起して語るときの視点が、こういう場合しばしば混交する、とレジュメに書かれているとおり、いま私は、実際には浜田氏の名前も知らないで教室に入ったくせに、さあこれから浜田先生の熱のこもった話を聴きにいくぞ、と教室に入っていく初日の自分を想定したりしているのだから。

 話すということは相手に聞かせること、声を届かせようとすることであり、聞くとは相手の立場に立つことである、と氏は言われる。自分の身体と、相手の身体を互いにさらしあうことで共同性が生まれ、おなじひとつのものを同時に見ることにより、どこにも焦点のなかった〈地〉が、あるひとつの焦点をむすび、〈図〉か浮かびあがり、その〈図〉を双方で共有し、やりとりするなかで言葉が生まれ、ひとは世界でのふるまい方を学んでいくのだ、と。

 言葉を習得する幼児の場合、そういうことになるらしいが、私は勝手に拡大解釈して、自分にもおなじようなことが、講義によって起こった、それは氏との、以上のようなやりとりのせいだと思っている。つまり、おなじひとつの教室の中で、講師と受講生が身体をさらしあい、おなじひとつのものを同時に考えたり想像したりしたせいだと。

 こういうことが起こるのに、不可欠なものは、講師への信頼だと思う。

 氏の話し方、風貌は、受講生から信頼を引き出すのに有効かつ有利に働いている、と私には感じられた。

 氏の話し方は、1回目講師の中島義道氏のそれとどこか似ているような気がした。明晰さ、隙のなさ、テンポの迅速さ、論理展開の明快さ、独特のユーモア…そして風貌は、以前よく安部公房氏に似ている、と言われたのではないかと、出店で購入した『「私」とは何か ことばと身体の出会い』の裏表紙の顔写真を拝見し、憶測した。

 この話し方、この風貌だから、このひとの言うことは信頼できるという気にならされるのだ、氏の著書を読むだけではこういう気には恐らくならない、と思った。

 話は換わるが、私の記憶では2回目と3回目の講義の最初に、氏は、「まだ考えている最中なので旨く話せないかもしれませんが」と断られ、慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと甲山事件のこと、佐世保事件のことを話しだされた。近い将来、なんらかの形で日の目をみることになる論文か何かの構想を、受講生相手に話しながら練っておられるのだろうか? と私は勘ぐったものだ。もしそうだとすれば、氏は、そこにたどり着くまでの〈裏舞台〉を公開しておられることになる。そして私たちは、氏の中でことばが生成し、成長し、概念が形成されていくその現場に立ち会っていることになる。

 甲山事件、佐世保事件の両事件を通じて貫かれている氏の視点は、生きた時間の流れの中で人がどう感じたり考えたりするか、ということだったように思う。今、ここ、という視点の大事さを言われているのだと思った。今、ここに、身体を内側から生きている自分がいる、と感じることの困難と必要を強く感じさせられた。

 講義の端々で、ふと洩れる独白のような氏の言葉も、印象深かった。たとえば9.11のことで、WTCビルに激突した旅客機の操縦者について、こう言われた。

「すごいですよね、最後の瞬間まで操縦桿を離さないで握ってるんですからね、死ぬまで生きているんですからね…」

 むろんのことテロリストの行為としてでなく、ひとりの人間の行為として、純粋に身体性の観点から話されたのである。

 最後に、芥川龍之介の『藪の中』について、現実には一つの物語を、当事者がそれぞれ三者三様に語ったものというように言うことはできない、と論じられたが、講義終了後、私は急いで同小説を読み直した。氏が言わんとしていることと、『藪の中』の作者が言わんとしていることを、目下、比較検討中である。
[K.H さんの感想]

受講生から寄せられた感想です