竹田青嗣
プロフィール
1947年大阪生まれ。在日韓国人二世。早稲田大学政治経済学部卒業。現在、早稲田大学教授。哲学者。文芸評論家。
在日作家論から出発。文芸評論、思想評論とともに、実存論的な人間論を中心として哲学活動を続ける。哲学的思考の原理論としての欲望論哲学を構想。
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竹田青嗣論文
『ニーチェ入門』韓国語版序文
竹田 青嗣
今度、韓国で『ニーチェ入門』が出版されることになった。序文をつけるというので、メッセージめいたことを書いてみたい。
私は在日韓国人二世で、日本では「団塊の世代」と呼ばれる世代に属する。若いころから自分のアイデンティティ問題について思い悩むところがあった。私は、回りが私をそう見なそうとする民族的アイデンティティと折り合うことができず、そうかといって、それに代わる他の適切なアイデンティティを見つけだすこともできなかった。そういう場面で私はニーチェに出会った。そこに私は、「民族」や「帰属」や「自己」や「世界」といった諸観念を、徹底的にそれを構成する諸契機に分解するという独自の思想方法を見出した。
ところで、われわれが、ふだんそれを生きている自然な諸「観念」を徹底的にその諸契機に分解すると、理論的なニヒリズムが現われる。いっさいのことがらの「意味」は裸にされ、そのことで自然な命を失う。しかし、ニーチェの方法の本質は、このような「ニヒリズム」の方法的徹底ということ、あるいは「方法的ニヒリズム」ということにある。そして、彼は、この「ニヒリズムの徹底」という方法が、近代的人間にとって不可避の道であることを明確に自覚したはじめの哲学者だった。
近代社会の精神史的本質は、人間的自由の自覚が始発し、そしてこの自覚の進行が不可逆的に展開していく点にある。個々人の自由の自覚は、それまで人間が自然にそれを生きていた諸「帰属」性の意味と根拠を、不可避にその諸契機に還元し、解体していく。つまり、人間の自由の自覚の普遍化は、同時に広い意味でのニヒリズムの必然化と普遍化を意味する。
この事態は思想的にはおそるべき混乱を作り出す、とニーチェは言う。知的ファッションとしての懐疑主義と相対主義。その対極としての過剰なロマン主義と理想主義。また、さまざまな道徳的反動、デカダン、終末思想等々が現われる。さらにまた、はじめは理論的ニヒリズムとして現れたものが、イワン・カラマーゾフやスタヴローギンのような、生きられるニヒリズムへと転化する。
これらの事態の一切は、近代が近代人に刻印した必然的な運命であり道程である。しかし、われわれはむしろ、ニヒリズムを方法的に徹底化するという道以外には、この本質的なニヒリズムを克服するどんな原理的方法も持たない。そうニーチェは言う。これはつまり、近代人は、自然な人間世界がじつは徹底的に幻想的な関係の世界であったことを深く自覚し、その上で、なんらかの幻想関係を自己の責任において選び直す以外にない、ということである。
あえて言えば、私は、ニーチェ思想のこのようなエッセンスを在日韓国人としての経験からつかんだ。そしてこのことが、韓国の若い読者たちと私とのよい接点になるかも知れないと思う。
「世界」に属するさまざまな「意味」の一切を、もはやそれ以上遡行できない諸契機にまで還元し尽くしてみること。それからもういちど人間に必要な諸「意味」の一切を作り直してみること。この方法は哲学の根本原理でもあるが、ニーチェ思想は、それが最も深く具体的に敢行された希有な例である。(了)
2001年1月29日
近代哲学再考──現象学的覚書き
竹田 青嗣
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哲学の理解にとって、個人的経験というものがどの程度の意味をもつものか、わたしはよく知っているというわけではない。わたしがとくに愛読する哲学者たち、プラトンについても、ヘーゲルやニーチェやフッサールについても、彼らがどのような微妙な個人的動機から哲学に足を踏み入れたか知らないからだ。ただ、自分自身の場合は、明確なきっかけがある。
いまは何の混乱もないというわけではないが、とりわけ混乱のひどかった青年期に、わたしはたまたまフロイトの『夢判断』という書物にぶつかった。恐ろしい吸引力をもった著作で、わたしはたちまちミニ・フロイディアンとなった。ある意味ではわたしにとってこれがはじめて出会った強力な「西洋」の思考だった気がする。そしてそのあと、フッサールの現象学にぶつかった。両者は、極めてタイプの異なった思考の両極に位置するものだった。フロイトの思考は「物語」の威力を最大限に引き延ばしたものである。これに対してフッサールは、まったく逆に一切のフィクションを取り払って「原理」として確定できる思考だけを取り出そうとする。当時、わたしの中で「自己」というものが壊れかけていたのだが、これをなんとか建て直し了解する上で、両者はまったく異なったタイプの思考のモデルを示してくれた。結局、フロイトではなく、フッサールがわたしにとってより重大な役割を果たすことになった。
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わたしは文学の仕事もしてきたので、「物語」の威力の本質について自分なりに知っていて、これを軽んじるつもりはない。わたしがフロイトの思考ではなくフッサールの思考を必要とした理由は、明らかで、わたしの「自己」の壊れは、いわば「物語」の病(=ヘーゲルでは「不幸の意識」)に由来するものだったからである。ヘーゲルによれば、「不幸の意識」は、強力な物語(規範的自己像)と現実の自分のあり方の間の、乖離と分裂に由来する。「物語」によって生じた病を「物語」によって治癒すると、悪無限的自家中毒に陥る。フッサールは、一切の「物語」をいったん消去する方法なのである。
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ありていに言って、これがわたしのフッサール理解の第一前提である。人間は自分自身について「自己像」をもち、世界について「世界像」をもっている。そして、それを自明のものと考えるか、ロマン化し、信念化したりしている。それを自分の現在的価値=身体性として是認しながら、同時に、他の多様な価値=身体性との関係において相対化することは、決して容易なことではない。
しかし、まさしくそのことを、「超越論的現象学的還元」の方法の名において、フッサールは要求する。像と物語は、われわれの価値=身体性の自然与件である。これを端的にに取り払えば、人間は、外的世界への関心=欲望とエロス的対象を失って文字どおりの自己喪失が生じる。そこで現象学ではこれをいわば“括弧に入れる”。「物語」や価値=身体性を端的に“抹消”するのではなく、その「確信成立の条件」を吟味する。これはおよそ、諸信念の根拠の検証ということを意味している。
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自分がすでに身につけている価値=身体性や「物語」(=アイデンティティ了解)の「根拠」を十全に解明できるかどうかは、一つの哲学的難問である。もしこれが自己内思考に閉じられているなら、不可能だと言うほかない。現象学はこの問題の困難を予想し、そこから「間主観性」という概念を作り出している。「間主観性」の概念の核は、自己了解と他者による了解との間の弁証法的展開以外には、自己了解の進展のプロセスはありえない、ということである。これは人間が自分の価値=身体性や「物語」性をいかに了解しうるかについての核心的原理である。しかし「現象学的還元」の方法は、その前段階的な前提を支えるものだ。人間は、誰でも、自分の諸思念、諸確信の「根拠」について、これを把握し、確証できるか。この問いについての現象学の答えが「還元」である。「還元」の方法は、これに対して原理に可能である、と答える。しかし、全面的に一切の根拠が明らかになる、というのではない。「還元」の方法によってのみ、この「根拠」の判明性の境界線が了解できる、というのである。
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これは、世界と自己という対象についての一般的な了解可能性の「原理」である、と考えてよい。ある対象について把握するというとき、この了解可能性の原理をどう考えればいいのか、現象学は、一切が判明に理解可能であるか、そうでないか、という問いを廃棄し、どこまでが判明な了解が可能でありどこからが判明でなくなるか、このことについては明確な境界線が確定できる、という原理をおいたのである。わたしはこの現象学の「原理」を十全に理解したと感じた。この理解は、哲学的な「原理」ということについてはある判明な理解のモデルとなった、同時にそれは、わたしの中で、近代哲学の諸学説の理解について、決定的な意味をもっていた。
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近代哲学の世界理解の努力は、伝統的キリスト教の「世界像」をいったん“消去”(括弧入れ)し、その一切の信念根拠を、一から検証し直すことであった。何が判明と言えるものであり、何が「物語」や「臆見」で構成されているのかを検証しなおすことであった。
つまり、諸信念の一般的妥当性の境界線を明確に引こうとする努力だった。こう考えると、ながく実在論的合理主義の観念的転倒と見られていた近代哲学の「観念論」的性格の位置づけがまったく変更されるべきことが分かる。
近代実在論(唯物論)は、スコラ哲学の実念論的世界像に対して、近代的な実在論的世界像を対置したわけだが、近代哲学の観念論は、世界像の「妥当性一般」の原理論を志向していたことが理解できる。
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わたしが現象学と出会ったころから、現象学は「真理の基礎づけ」の学として、現代思想では批判の的となっていた。これは、近代哲学の諸学説が、自閉的な「観念論」的体系の内部で構築された絶対的「真理主義」に陥っている、という現代哲学諸派からの批判と軌を一にしている。わたしは現象学の理解から出発したので、この批判にまどわされることがなかった。要点は、どの説が、一つの「物語」に別の「物語」を対置しているか、またどれが「世界像」(=物語)の妥当性の一般理論を作ろうとしているか、を読みとるということだからである。
マルクスは、経済原理を中心とする社会構造の「一般原理」をうち立てようとした。この仕事は非常に良質で普遍性をもつものである。マルクス主義はこれに対して、その八割が、近代国家のナショナリズム的「物語」や帝国主義的諸「物語」に対抗する、カウンター「物語」によって作られている。いったん、現象学的原理がつかめればこれを理解するのは困難なことではない。
ポストモダン思想や分析哲学や深層心理学が、どの程度「物語」性を持っているか、一目瞭然であり、またその「物語」が有効性をもつものか、イデオロギー的転化を起こしているかも、判明に理解することができる。それが「世界像」の一般原理の強みである。
ソシュールの「一般言語学講義」は、まさしくそのような普遍性をもった強度のある原理的言語論だが、デリダのグラマトロジーは、ヘーゲル的な「絶対知」の「物語」(これはデリダ他の現代思想家たちの壮大な思いこみだが)に対抗する「解体する知」の「物語」であり、一定の時代的重要性をもったが、言語学的原理論としてはほとんど強度をもたないのである。
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哲学が「原理」の学であるということを、はじめて明確に自覚した哲学者は、疑いなくヘーゲルである。彼の『哲学史講義』にその自覚の形がもっともよく表現されている。哲学は、普遍性を追求する学であって、「絶対的真理」を取り出すものではない。「絶対的真理」という考え方は、きまって「真理」は言葉によっては決して表現できない、という対抗的思考を生み出す。哲学によってつかみ出された「原理」(ヘーゲルは当時の習慣に従ってこれを「真理」と呼んでいるが)は、決して後退しない。それは、人間の生活欲望の限界底辺が歴史的に不可逆的にあるのと同じく、不可逆的で、後戻りしない(哲学は、科学と違って誰もが納得するような「真理」を生み出しはしない、というヤスパースの哲学観は、ヘーゲルからはわらうべきものである)。哲学は、強度のある「原理」を時代の中から取り出す言語ゲームであり、いったん取り出された強い原理は、権力や時代的風潮の一次的な勢い以外の要因では、決して消え去ったりはしない。それは、人間の精神と欲望の本質からの必然的な規定を受けており、有為転変はあっても、必ずその「原理」の強度を実現していく。これがヘーゲルの歴史哲学の要旨であって、知の運動は必ず「絶対知」に到達する、などというのは、当時のヘーゲルの口調を素朴に受け取っていることの結果にすぎない。
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哲学の方法と近代科学の方法をまったく相容れないものとして対置したり(論理実証主義や分析哲学)、哲学の形而上学性を近代科学の方法で鍛えようとしたり (プラグマティズム)、哲学の方法を全否定してこれに代わる新しい思想のモードを作り上げようとしたり(ポストモダン思想)、これが現代思想の世界地図の様相だ。
しかし重要なことは、科学の方法は、まさしく哲学の方法から生まれてきたものであり、その本質はいまもまったく変わっていないということ。つまり、「原理」を取り出し、そのことによって「真理」を発見するのではなく、普遍性を創出するという点に哲学と科学の本質があるということだ。
普遍性という概念自体がヨーロッパから現われたもので、それ自体ローカルなものにすぎない、といった言い方は、一見気がきいている。しかし、すこしでも科学的な、あるいは数学的な訓練を受けたものにとっては、そのような言い方は、ある風潮を後ろ盾にしただけの「レトリック」にすぎないことが明らかである。それがはじめにヨーロッパから出ようが、アジアから出ようが、人間という種にとって「普遍的」なことがらというものは必ず存在する。それをどう言葉によってしっかり規定し、確定するかが容易な業ではないだけで、上のようなレトリックは、思想語という符帳を習いおぼえた人間なら誰でも言える体のものであろう。
同じく、理性的に世界を見ることが果たして理性的か、という言い方もある。理性を疑え、理性はヨーロッパが作り出したものだ、と。わたしはそういう言い方を推奨しない。ヨーロッパの問題点はヨーロッパの問題点として、徹底的に理性的に理解すべきことである。理性や合理主義や普遍性はヨーロッパから現われた。だからそれらを信用しない、という思考は、理性や合理主義や普遍性の本質を鍛え上げる方向に進まず、これに“対抗”する諸概念を作り上げる方向へ進む。これがひとつの「物語」にべつの「物語」を対抗させる典型である。ある場合にそれは意義をもつ。しかしある場合にはただちに別の「イデオロギー」に転化する。実存の本質を探求することから出発しながら、「存在」という概念を、理性や普遍性に対抗させ、奇怪な反=ヨーロッパイデオロギーに加担したハイデガーがそのもっとも象徴的な例である。
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哲学(フィロソフィー)は独自の方法原理をもった思考法である。しかしそれは、一九世紀後半以降、いくつかの理由でその方法原理が完全に覆い隠されてきた。いまこれを、その本質的な形で再生したいとわたしは考える。普遍性の探求の方法としての「哲学」を回復するには、まず伝統的な「真理」概念を解体しなければならない。しかしそれは、ポストモダン思想や分析哲学が行なっている仕方では不可能である。それは「真理」を“相対主義的、懐疑論的本質において、解体する。そのことによって、「普遍性」の概念の本質をも解体する。あとに残こるは、否定的、否認的批判主義一般である。一九世紀末にそれが蔓延したとき、ニーチェはこれを「貧血したニヒリズム」と呼んだ。
「普遍性」を立て直そう、とどこかで声がすると、たちまち、「真理主義だ」、「形而上学だ」、「ヨーロッパ中心主義だ」という叫びが上がる。ここでは、「普遍性」という概念が、スコラ哲学で使用されていたままで理解されているのである。
「普遍性」とは何か。もし神のような超越項が存在するならば、それは、世界の一切を普く照らす至上の叡知のことだ。もし神のような超越項が存在しないとするなら、それは、異質な「物語」、異質な価値=身体性、異質な文化、異質な慣習をもった異質な人間たちが、それにもかかわらず、互いに共通のメンバーシップとして承認しあえる了解の関係を創出する行為を指示するものなのである。
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近代哲学の中枢をなす思考の努力を、われわれはもう一度辿りなおす必要がある。それは絶対的「真理」などという概念によって生きてはいない。仮にそのような概念が“信じられている”場面があるとしても、近代哲学者たちは歴史的には、普遍性に創出に向かってその方法を積み重ねている。そこで「物語」を使用するものは、徐々に消えていく運命にある。そのことに少し注意しさえすれば、哲学の歴史は如実にそのことをわれわれに教えてくれる。
戦争抑止の「原理」
竹田 青嗣
3月2日の朝日新聞、最近の「反戦デモ」をめぐる「三者三論」で、橋爪大三郎氏の意見が乗っていて、私としてはとてもよいと思ったのだけど、一般的にはなかなか通じにくいように感じた。橋爪氏の意見の大筋は以下のよう。(この記事は武力行使前。)
* イラク情勢をめぐるこの間の「反戦平和デモ」は、かつてベトナム戦争反対運動などがもっていた、明確な意義、論点・合意をもてなくなっている。その存在意義については再考を要する。
* その理由の中心にあるのは、今度の“戦争”状況は、利害のせめぎ合いにもとづく国家間の闘争でも、大国の侵略戦争でも、また、東西対立によるイデオロギー的干渉戦争でもないこと。軍事的、戦略的(その他) の理由で、攻撃を急ぎすぎるように見える面を括弧にくくれば、アメリカの武断主義は、基本的には、核・大量破壊兵器の拡散が引き起こしうる今後の悲惨な戦争状態を世界的に抑止するためという側面をもっている。できるだけ戦争がないほうがよいというのはそのとおりだが、理論的に考えれば、総合的には「今、米国に反対する理由は薄い」。
* 戦争はもちろん、たえずその契機を小さくしていくように最大の努力を払うべきだが、単なる「反戦」の主張は、たとえばイラクや北朝鮮のような専制国家、独裁的国家が核兵器などを持つ状況が広がって行けば世界はどうなるか、という問題に対して、全く「原理」となりえない。このことにかんして多くの「反戦デモ」はどんな論理も表現していない。したがって、「反戦」の主張は、それがいまのべたような問題についての実質的な「議論」へと展開されないなら、投げられたボールを打てない空振りに終わるだろう。
ほぼこれが、わたしの見るところの橋爪氏の趣旨であって、現在の、戦争状態に対する強い非難と憂慮の論調が一般的である場面では、ほとんど届きにくい声になっているかも知れない。しかしこのような考え方は、いま、とても重要であると思うので、以下は、これに付け加えてみたい私の「哲学的」な考え方を述べてみる。
(1) まず「戦争」の原理について。
「戦争」とは何であり、何故起こるのか、ということがまず考えられねばならない。ここで考えの違いが大きく異なると、もう戦争をなくして行く原理は決して出てこないだろう。
戦争は、共同体と共同体、つまり民族と民族とか国家と国家といった関係で生じる、力による利害関係の解決である。たとえば、これまで強力な統治権力が存在していたものが、とつぜんなくなるとどうなるかというと、ソ連の場合のように、まず民族対立が出てくるし、市民社会レベルでは、実力をもったグループ(マフィアのような)の抗争が必ず出てくる。個々のグループが存在しているとき、これを統合的に調整する強力な政治原理がないかぎり、個々のグループは「死を賭した闘い」(ヘーゲル)を行う。そんなことをしなければいいのにと思うかもしれないが、ほかに手だて(=原理)がないのだ。
典型的には、中国の春秋、戦国時代、日本の戦国武将の時代をイメージすればよい。実力をもったグループの首長(武将) たちは、「死を賭した闘い」のトーナメントにエントリーする。エントリーしないものは、より強いものの配下になり従属民とされる。力に自信をもった首長たちは、隷属を嫌い、勝ち続けようとする。闘いは、大抵は、甲子園大会のように、最後にただ一人の最終的な勝利者が残るという形でようやく決着する、ということになる。
このとき、「死を賭した闘い」は終わり、天下人や皇帝が生まれこの巨大権力によって、普遍的な「死を賭した闘い」の状態は終わる。秩序と安寧がはじめてもたらされるが、その代わりに、巨大な三角形型の支配構造が残るのである。(それでも大部分の人々にとっては、絶えざる戦乱状態よりはよい条件であり、人々は死を賭した実力の闘いにエントリーしてたった一人生き残り全てを手に入れた人物を、この上ない業績として讃える。)これが絶えざる戦乱状態がおさまることの、原型的な「原理」。
しかし、それでも、この秩序と支配の状態はつねに不安定要因をもつ。「内部的権力抗争」「民族や宗教的な分派的闘争」そして「国家間の勢力争い」。近代以前では、この三つが中心契機。だから、人間社会は、つねに唯一者支配帝国の類型を生み出してきたが(中国、エジプト、日本、インド、ペルシャ等々)、それでも決して世界から「戦争」「紛争」「抗争」の可能性はなくならなかった。
(2) 「戦争」が少なくなる「原理」。
いまみたことから、戦争がなくなる(少なくなる)原理(「抑止原理」)と、なかなかなくならない原理(「誘因原理」)を、すぐに取り出すことができる。
「抑止原理」は、異質な共同体ができるだけ統合され、中心に巨大権力が成立し、そのことで、「私闘」(個別的グループどうしの実力による利害抗争)が禁止されることである(この原理についてはニーチェ)。原則としてはこれ以外には原理はない。近代以前では、この状態は、必ず「死を賭した第一人者への闘い」のゲームによってのみもたらされた。決して闘わない平和な共同体もあったはずという考えは、ロマンティックな物語で、異質な共同体どうしが接する場面では(不安のために)、ほかにどんな社会関係の原理も存在しない。
しかし近代社会は、この「原理」をまず大きく変える。近代社会の政治統治の原理は、「死を賭した第一人者への闘い」の代わりに、社会の成員の全員が自分たちの「一般意志」として、一切の「私闘」を禁止する威力として近代国家の政治権力を置く、という点にある。死を賭する実力のゲームを営もうとする人間は誰であれ、実力によって罰せられ、排除される。また、この政治権力の実力行使によって、各人は各人「自由」を「相互承認」している状態に置かれる。死を賭した闘いではなく、一定のルール(成員が対等の権限で作り出した)のもとで、政治や経済や文化のゲームが営まれる。これが近代の市民社会と近代国家の「原理」である(もちろん実際には先進国といえどもまだまだそうなっていない。またこれは、現実の社会にとって、つねにそこへ向かうべき「理想の理念」というのではなく、つねにそれによって社会構造の可否が判断されるべき公準である)。
こういうわけで、成熟した近代国家では、それがまた戦争状態(内乱)にもどる可能性はきわめて低くなる。しかし、もう一つ残る大きな問題。それが国家間の戦争状態。
国家間の戦争の「抑止原理」。まず専制国家(ファシズム・スターリニズム国家・専制的王国・専制的民族国家)ではなく民主主義国家が増えること(戦争行為の決定がますますむずかしくなる)。一般市民の生活水準が上がること(一般市民にとって、戦争のリスク・デメリットが、それによって得られる利得より大きい)。社会の階層構造、支配構造の流動性が高いこと(絶望がたまるほど、死を賭するゲームを引き起こす動機が高まる)。またこれは国家間の格差も同様。
将来的に、人類社会から「戦争」がなくなる条件はありうるか。「原理」は存在している。世界全体が民主主義国家が増え、個々の国家の人民の生活水準があがり、国家間の格差が絶えず縮まるだけでなく、上のものが下に落ち下の者が上へゆくという階層貫通的流動性が高まれば高まるほど、「死を賭しても、自分の絶対的欲望を実現しよう」と欲する人間のゲームの場所と条件が小さくなる。
ちなみに、彼らは自分のことを「悪」だとは考えていない。なぜなら、彼らは「多くの人間は死を怖がって闘いを恐れる。自分が死と栄誉をルーレットに賭けている。自分の死を賭ける人間を恐れる人間たちどうしのルールによって拘束することはできず、したがって一切は許される。これは正当化ではない」と考えるからである(この理論は誤りと言えない)。
ここまでくると、戦争がなかなかなくならない原理(「誘因原理」)もはっきりする。現代社会で言うと、いまでは南北格差の漸次的な拡大による絶望の蓄積。それがあらゆる救済思想(民族主義、人種主義、原理主義的宗教、スターリニズム)に結びつく。またそれは、諸民族や諸宗教のゆるやかな統合を妨げ、基本的には、専制国家、独裁国家の権力基盤となる。危機と救済の思想が現在の専制権力の基本的な土台であるから。
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以上は、近代哲学と世界史が教える、「戦争の条件についての原理」である。これらの原理に決定的な間違いがないとすれば、今回の事態は、以下のように考えられるのが妥当であるように思える。
まず、「戦争の原理」について。単なる「平和主義」は、戦争を抑止する原理をもたないということ。
「平和主義」は戦争抑止の原理にならないか、というとそうではなく、大きな抑止原理である。ただしそれは「近代国家」どうしの関係において、という限定がいる。
見たように、近代以前は、「戦争」をなくすための決定的原理はほとんどなかった。「戦争」が起こらない基本要因は、大きな権威と権力が安定的に存在しているということ以外にはなく、したがって、国家どうしの利害対立が露出する場面では、圧倒的な力の差があるのでなければ、これを防ぐ原理はなかった。これは現代社会を見れば分かる。
現代社会では、先進国家どうしでは、「戦争」はもはやきわめて起こりにくくなっている(ときどき日本は戦争に向かっているという人がいるが、そういう人はたいてい社会主義革命の義を信じていた昔のわれわれの仲間で、われわれはずっとそう言い続けてきた)。その理由は、市民たちはが自分たちの生活を第一義として、さまざまな点でリスクの大きい戦争に賛成する理由をもたない。したがって、政権が戦争を起こそうとしても大勢の人がこれに反対するので政府はまずこれを強行できない構造になっている(強権発動型に見えるアメリカでさえ例外でなく、数千人単位の市民や兵士の死傷者が出たら、もうそれ以上強行はできない。為政者もつまりは「臨時雇い」なのでそこまで強行する理由をもたない)。
したがって、民主主義的国家における国民の「平和主義」は、近代社会に現われた戦争抑止の最大の原理の一つであると言ってよい。
ところが、にもかかわらず、今度の情勢では、先進国の国民の「平和主義」は、世界全体の戦争条件としては、その「抑止原理」となっているとはなかなか言い難い。
その理由。
1. 英米の実力行使派の論理は、この実力行使は「大量破壊兵器」拡散防止についてのルールを破ったものに対する「サンクション」(懲罰)であるという主張にあり、基本的にその側面があることは否定できない。これは石油のための戦争だというよく言われる主張は(傍証としてしばしば言われるが)、諸情勢を考えるとほとんど誇張であり、仮に多少利権がからむとしてもそのために戦争するのは英米にとっても全く割にあわない。これは小さな一側面を拡大したものにすぎない。
2. 戦争反対」の声が「抑止原理」になるとすれば、その可能性はつぎの場合。「戦争反対」の声が実力による「サンクション」を止めさせる力となり、その上で平和的「査察」だけで武装解除できる見通しと展望がはっきり存在する場合。しかし普通にみて、それはほとんど存在しないし、いや展望がある、とする根拠ある意見はどこにも出てきていない。
「戦争反対」の主張は、実力行使を行わなくても、このような仕方で必ず武力を解除できる展望があるという議論を示せないことが決定的に弱みであり、そのため現象として単なる「平和主義」に近づいている。
フセイン政権や金正日政権は、大量破壊兵器の開発がその独裁権力を支える大きな基盤になっている。その意味でこれらの政権は「死を賭するゲーム」にその基盤を置いている。
アルカイダは、ひょっとすると現代の資本主義世界の現状への異議申し立てと、その改革の可能性の理念を自ら信じているかもしれない。しかし、もう一面で、人々の絶望の深まりをその権力の絶対的基盤としている政治セクトであるという性格をもっている。彼らは人々の絶望があるかぎり自らを「正当化」できる。だから、富み栄えた先進国と、絶望を権力の基盤とする政治権力との間では、「平和主義」は、戦争抑止の原理に全くならないのである。
これにはいくつかの原理がある。100人の人間のうち、99人が「闘いたくない平和主義者」で、たった一人が「死を賭する覚悟をもった好戦主義者」だったとすると、世界は、その一人を絶対支配者として生み出す。死を賭する人間が5人であれば、この五人の闘いのうちから一人の絶対配者をうみだす。100人の社会から絶対的に「闘い=戦争」を抑止する原理は、残りの人間が、個人的な闘いは決して行わず、死を賭する闘いを行おうとするものがいるときは、必ず結束してこれと闘う覚悟をもっていること、である。そしてこれ以外には原理は存在しない。「絶対平和主義」は、「たとえ殺されても殺したくないのでそれは受け容れる」という覚悟があるときだけ成立する。実質的な思想としての「平和主義」は、「平和」が保たれるための最善の原理と条件を作り出すという考え方である。
ちなみに、私は、大量破壊兵器の開発が自国へのテロの驚異に密接に結びついているために武力行使を急ぐアメリカと、もっとぎりぎり遅くまで待つほうがよいとするフランス、ドイツのどちらが実質的に「平和」の抑止原理にかなっているか、決定的な判断をもてない。十分な情報をもっていないと感じるためだ。国連の決議を取りつけないまま武力行使を行ったことはやはり望ましいことでなかったと感じる。しかし全体としては、英米は単に自国の利益を武力によって開発するために、という古典的な戦争理由で武力行使を行ったのでないことは明らかである。アメリカは巨大な力をもち、おごっている面もたしかに見えるが(南米政策など)、しかし世界制覇をねらってもいないし、そのようなシステムももたない。また全体として、ヨーロッパの先進国が「サンクション」の基本線をもっていることは明らかであり、今ある違いは、アメリカ覇権主義とのバランスや、比較的短期の各国の利害関係であろうと思う。
ともあれ重要なのは、専制国家による大量破壊兵器の開発が厳しい「サンクション」の対象となるという事例と流れが国際的に定着することは、人類の未来の戦争抑止にとって不可欠の契機であると考える。そして、そのような方向以外に、戦争条件が低くなる展望があるという説得力のある議論を、まだ耳にしたことがない。
思想的な「平和主義」は、戦争がいっそう減少する原理と条件を作り出す努力を伴わなくてはならない、と言ったので、私の考え方を提出してみる。
現代社会の「戦争」の最大の要因は、大国による弱小国の支配や、国家どうしの利害対立という古典的な形では存在しない。むしろ先進国と後進国(貧しい国)の格差の拡大が、貧しい専制国家の人々の絶望を高めるところにある。この絶望は専制政治の権力基盤をますます強めるだけでなく、過激政治組織の超国家的拡大をも可能にする。それは武力的緊張をつねに高めるように機能する。
分かりやすくするために最大の危険を考えれば、核兵器を開発した専制国家や過激組織が、これを威嚇的に使用して政治的取引を行おうとする。この取引は、それらの権力基盤をますます増大するという悪循環を絶とうとして、たとえばアメリカのような強力な力を持った国家が、より大きな「力」でこれを押さえ込もうとする。もちろん、双方ともカタストロフィまで行こうととは思っていない。しかしそれはかけひきであり、絶えざる力のバランスであり、一歩間違うとカタストロフィが生じうるような状態が、世界の常態となる。経済状態はますます不安定となり、諸国家はますます自国防衛的となり、そのしわ寄せはまず貧しい国へとかかり、したがって格差はいっそう拡大しいっそう絶望が深まり、専制国家はますます権力基盤を強める……(第二次大戦は、世界恐慌に端を発した、相互的な自国防衛経済によって、決定的に貧しくないが圧迫された二流国である日本、ドイツ、イタリア、スペイン国家のファシズム化から生じた)。
ともあれ、これらのことを前提として考えて、現在「戦争」を抑止する基本的な原理は、大きく二つである。
一つは、核や大量破壊兵器の拡散の危険に対しては、もはや相互に「戦いを望まない国家」どうしが結束していざとなったら武力を使ってでも「サンクション」を与えるというルールを明確にしてゆくこと(先進国だけ核をもっているのはずるい、といった主張は、全く先の見えない主張で、思想ではなくまずルサンチマンの解放を考えている)。いいかえれば、「死を賭する闘い」をしようとする者は、全体の合意によって必ず「サンクション」が与えられるというルールを確立すること。
しかしもちろんこれだけではだめである。もう一つ必要なのは、貧しい国家の人々の絶望を理解し、先進国家どうしで結束して(先進国だけがその能力をもっている)、格差の縮小の努力を持続的に、かつ計画的に行うこと。その努力と態度と実効を絶えず示すことである。わたしは、アメリカが、われわれから見て強引と思えるほど武力行使を急ぐ点については、実際にテロ攻撃を受け、しかもそれが核兵器などと結びつく現実的可能性を実感していることを思えば、ある程度その心意を “理解”できるように思う。しかし、先進国と貧しい国との絶対的な富の格差を縮小していく努力の必要という点では、多くの国の反感を買う現実的な理由があると考える。
武力による強圧たけでは、人々の絶望と怒りを掻き立て、それは結局、まさしく貧しい国家における専制的権力者、および過激政治党派の実権者を利するだけだからである。その権力基盤は大国と豊かな国に対する一般民衆の反感にあるからだ。
アメリカおよびヨーロッパ先進諸国は、上の二つの態度を、同時に、並行的に、明確に示すことが必要であるし、それが最も原理にかなっていると思う。一方で、いざとなったら実力による「サンクション」も辞さないというはっきりした態度を示し続けること、しかし一方で、平行して、南北格差を持続的に縮小してゆくための先進国会議を立ち上げるか、あるいはサミットの中に、もっと具体的に個別的主題と目標を設定するような提案を行い、その方策を示し続けること。どちらか片方だけでは、いずれも戦争抑止に対して大した効果を上げられない。前者だけでは人々の絶望を増大するだけであり、後者だけでも、また専制支配者の思うつぼだからである(専制権力者は、その体制が続くかぎり、先進国の援助などをつねに私服化する。絶望や不満を一定のバランスで持続することがつねに彼らの利益ある)。
わたしはもっと短く要点を書くつもりだったが、ずいぶん長くなってしまった。それでもいったん書き始めると、多くのことを言いそびれている気がする。だが、ともあれ、結論を置いておく。
人間は「性善」か「性悪」か。このような問いは、誰もがそこをまず通らないわけにいかなが、思想的(哲学的)には遠くまで行けない。戦争に「反対」か「是認」か。これも似ている。人間は「性善」か「性悪」なのではなく、ある条件のもとでは必ず「悪」となるし、べつの条件を与えれば必ず「善」を欲するような存在である。そうでない人もいる、という意見は最も駄目な意見である。たしかに、そうでない人もいる。しかしそのような人間は「例外」、と考えなくてはならないのである。
戦争に「反対」することは、先進国の市民としては、つねに大事な倫理的社会的意義をもっている。つまり、自国の政治権力が、自国の経済的利害で戦争を起こしたがっているとき、われわれは、いつでも必ず「反対」すべきである。そのことがわれわれの国家の市民社会性を支えている。しかし戦争に「賛成」か「反対」か、という問いは、思想の問いではない。国家や人間社会は、ある条件の中では必ず戦争を生み出す。しかしべつの条件を作り出すことができれば、必ず戦争はなくなる。その条件と原理を考えない「平和主義」は、人々の自然な倫理感をあてこんだだけの、悲しい、人気取りの平和主義である。
将来の人類の社会状態や平和の条件について、哲学的な思考をとりもどす必要があると私は考える。われわれは余りに長く、現実の矛盾に対する「対抗思想」の中で生きてきた。思想は人々のルサンチマン(怨恨、反感)をその「正当性」の根拠としているが、しかし思想の中でルサンチマンが勝利すると、思想を殺してしまう。社会の思想においても、人間の思想においても、原理と条件の思考を取り戻さなくてはいけない。
わたしは、「戦争」の条件という問題の「原理」を、哲学的に、「死を賭するゲーム」という概念で語った。「死を賭するゲーム」を行おうとする人間は恐るべき「悪人」で、そうでない人間は美しい「善人」だと考えるのは、ひどく想像力のないことである。どんな人間も、自分の力と欲望とまわりの関係の条件において、いずれにもなりうるような存在だからである。したがって、「死を賭するゲーム」が社会的に減少してゆく原理と条件は何か、というのがわたしの示した問題設定である。だれかもっと本質的な問いを設定してくれれば、わたしの設定は無効になる。
最後に一つ。以上のような考えは、自由主義、民主主義を基調とする現在の世界体制それ自体を否定し、この体制全体が代わるべきであると考えている人々にとっては、ほとんど耳に入らない現状肯定的議論ということになるだろう。そのような人は、もうお手上げである。
わたしもまたずっとそのような世界観念をもっていたので、その感覚はよく知っている。
現体制は間違っている。というのは、いまでは一つの「イデオロギー」になっている。かつてはマルクス主義がその理念と理論を支えた。現在は、理念と理論が挫折したので、正しさのパトス、「正しさ」についての「心の義」となっているのである。
そのような人は、「正しさ」についての強固な確信をもっている。現代の世界は「誤って」おり、これに反対することに「正しさ」がある。しかし、わたしは言わなくてはいけないが、その「正しさ」は検証されていず、ただ強い心情として存在するだけである。それが世界を、「正しい世界」と「間違った世界」に区分する。これが近代以降の「イデオロギー」の基本構造なのである。
わたしの考えを言うと、自由主義、民主主義基調とする現在の世界体制は、この上なく正しいというわけではないが、しかし近代社会の基本理念から出てきたものであり、いまのところこれに代替しうる社会原理は、現在まったく存在しない。これまでいくつか登場したが、それらはいずれも、試されはしたがすべてかなり悲惨な形で失敗し挫折したのである。(そのバリエーションは延々と続いているが)
現代社会は、この「近代社会」理念をいかにより深く成熟させていくかという課題の途上にある。現代社会のいろんなことが、ますます近代社会の基礎理念をどう考えるかということに深くかかわってきている。「戦争」の問題一つとっても、もし近代社会の理念を否定するなら、われわれはたんなる「理想主義的反戦主義」というまったく先の展望のないものに落ち込むほかはない。
近代社会は、各人の「自由」(生き方の自己決定)を実現しつつある。しかし「自由」の実現は同時に新しい種類の大きな「不平等」を生み、そのことによって深い「絶望」をも生みつつある。「自由」の原理が、同時に大きな「不平等」を克服するような新しい原理と結びつかなければならない。わたしとしては、この「原理」は見出せるし、そうであるかぎり必ずその条件は徐々に作り出せるものである、と信じている。(以上)
竹田氏に寄せて
竹田青嗣と「学び」
柏木 大安
二〇〇二年度より実施される学習指導要領改訂において、学習内容が三割削減されることになった。児童・生徒の学力が低下するとして、新聞や論壇誌などで学力低下が懸念され、多くの議論がされている。この件で議論の中心になっているのは大学の教員である。「ゆとり教育」路線によって、そうでなくても入学してくる学生に基礎学力がなくて困っているところへ、これ以上教育内容を削減してしまったら、生徒の学力低下はどうなってしまうのか、というのが彼らの立場である。おそらくこれらの議論に賛同している人はかなり多いのではないかと思われる。しかし、教育現場の現状からみると、学力低下の問題の根本は、教育の「量」の問題というよりは、教育を受ける主体である学生が、勉強に対する関心を失ってしまっていることにあるのではないか。
「なぜ勉強しなければならないのか」という疑問の声が、学生の側からよく聞かれるようになったという。学生がそのように問うこと自体は決して間違っていない。おそらくその答えはすぐに得られるものではなく、その問いを抱きつつ学んでいくことによって少しずつ見つけていくべきものなのだと思う。しかし問題は、この問いに大人の側が正面から向き合っていないことにある。問いに答えることが簡単でないことは言うまでもないが、「こども達が勉強しなくなった」と嘆くだけで、それ以上のことをしないというのでは困る。答えとはいかなくても、自分の言葉で応えることのできる大人があまりにも少ないのではないか、と思わざるを得ない。そもそも今回「学力低下」の声を上げている当の大学人が、学生にちゃんと教育できているのか。
浅羽通明氏は『大学で何を学ぶか』(幻冬社文庫)の中で、まじめな新入生が大学の授業に臨んで否応なく感じさせられる不条理を次の五つに要約している。
1. 高校までと違う大学の授業の聴き方について、ほとんどオリエンテーションがなされない。
2. 中身がわからないのに、学部や学科、授業を選択させられる。
3. 教養語学では、受験英語レベルから見ても、ものたりなく、かつ非実用的な訳読ばかりやらされる
4. ある学問のダイジェストでもエッセンスでもない、より細分化された一部の講義を、一般教育科目と称して聴かされる。
5. 成績評価が大ざっぱに思え、また評価の基準もさっぱり分からない。
また、大宮知信は『学ばず教えずの大学はもういらない』(草思社)の中で、大学教員は教育に対する関心がなく、講義を「雑用」とまで考えているのが多いことを指摘している。大学教員は研究実績は評価されても、教育についてほとんど評価されないのが原因らしい。「学び」に対して自己評価もできていない状態では、「何故学ぶのか」と問う若者達に応える教育を用意するのは難しいのではないだろうか。しかし、彼らが重視して日々努力しているはずの研究も「たこつぼ化」して専門に関して無知だったりすることも多い。中には研究実績をほとんど残さない教授もいるそうだ。そうした大学教授達が小、中、高の教科書を手がけているのだから、時代の変化にも対応できず、その結果学ぶ側の実態に即した改善がされることもない。
大学は知の頂点としてではなく、若者に企業が採用で活用するラベルを貼り付けるための選別機関として機能している。教授自身も自分の研究や講義が社会的な価値がないのに気がついているのか、講義に出てこない学生にちゃんと学べと強く言えず、ほとんど何も学ばない学生を簡単に卒業させてしまう。学生は教授の役に立たない研究や講義に少しだけつき合い、サークルやバイトなどで人間関係を学んで卒業していく。学問的な知識は企業にとってはむしろ邪魔な場合が多いのだそうで、こうした状態の方が都合がいいのだという。
しかし、こうした学問の姿を学生が納得しているわけではない。学生達の「何故勉強しなければならないか」という疑問は、日本の知の問題点を鋭く突いていると言える。そして学びの現状を直視すれば「勉強しなくたっていい」という答えが多数派になるのは自然な流れである。残念ながらこの原因は、「学び」の思想の不在にあると言わざるを得ない。「学び」に対する再考は今急務であるが、おそらくそれを学問的な権威に任せておいてもだめなのだろう。
その中にあって、竹田青嗣氏は大学人としては例外であり、「学び」について少なからず我々に示唆を与えてくれる。竹田氏は、思想は言うに及ばず、文芸評論や在日問題の方で活躍されているが、私は『ニーチェ入門』『プラトン入門』(以上ちくま新書)、『現象学入門』(日本放送出版協会)など、主に哲学の入門書で前から存じ上げていた。また、明治学院大学教授では教授として大学生相手に哲学講義を行っているほか、朝日カルチャーセンターなどで一般の人にも哲学の講座を持っておられる。今まで、あまり自分の関心のある分野以外の本を読んだことのない私だったが、本誌『樹が陣営』で竹田氏のことを知り、講座に参加したことがある。そこで見た竹田氏の姿は、難解でよく分からないという、当初私が抱いていた哲学の印象を大きく変えるものであった。
竹田氏は哲学者としての態度は基本的に守っているものの、それを個人の生き方、あり方を問い直す「思考の技術」として活かすことを目指しているのが特徴である。
“《哲学は言葉によって「世界が何であるか」を祖述しようとしてきた。そこに哲学の最後の目的があったとすれば、哲学ははじめに不可能な目的を設定したと言える。「世界がなんであるか」についての普遍的な”真理”は存在しえないものであるとし、したがって言葉によって祖述することは不可能なのである。
つまり、哲学の歴史はまた、言葉と「世界認識」との間に存在する矛盾を追いつめ、その目標の不可能性を論理的に露見させるような歴史でもあった。こうして哲学は、世界についての一致した”共通見解”を見出すという作業を科学に譲り渡すことになったのだ。ではそこで哲学は自分自身の存在理由を投げすててしまったのかというと、そうではない。哲学は世界を「正しく」捉えようとして言葉を極限にまで追いつめ、そのことによって人間が言葉を用いて自他を捉えようとする”意味”そのものを追いつめたと言える。これを詮じつめると、哲学的な言葉の使用がわたしたちに最終的にもたらすのは、結局哲学するものにとっての(註:傍点原文個所を強調文字で表示)自己了解、自己と他の”関係の了解”ということなのである。
(中略)哲学の目的は、世界は「正しく」「完全に」認識することにあるのではない。そういう出発点があったとしても、その目標は原理的に不可能なものだ。むしろ哲学はそれを生きてみる人間が、自分自身を絶えず新しいかたちで了解し、そのことを通じてより深く生きる、そういう道のひとつの手だて(=技術)をもたらしてくれる(もちろん哲学だけがその手だてではないが)ものなのである。》”
(竹田青嗣『自分を知るための哲学入門』より)
私が講座を聴講したときも、竹田氏の説明は、哲学の素人である私がはじめて聞いても理解できるほどわかりやすいものであったし、講義の休憩中にも教室に残り、初学者である私が素朴な質問をした時にも丁寧に答えてくれた。それだけでなく講義終了後も待合室に場所を移し、聴講者と会話する機会を持っていたのが印象的だった。また、私は参加していないが、講座に参加する受講生と合宿を行い、講義の他に各人の経験を現象学を使って検討するといったことをやるそうだ。
竹田氏は現象学、特にフッサールを中心に研究を行っている。現象学は人の思考について考えていく際、「独我論」を出発点とし、「確信成立の条件は何か」と問うことによって、主観—客観という哲学の根本問題を解き明かそうとする。竹田氏は、フッサールの現象学は長く「独我論」であるか否かで論争が行われていたが、それは「現象学に対するひどい無理解からきている」ものであり、主観—客観の問題を解決するためには、むしろ「独我論の立場を”出発点”とするべきであり、それ以外の立場は原理的に問題を解くことができない」からだという。物を見たり考えたりすることがどういうことか再検討した上で(独我論)、その上で他者との共通点や差異を見出していく(「主観—客観」問題)という思考の流れは、哲学や思想をすべて理解しようというモチベーションがなくても比較的理解可能であり、それを学ぶ人にとって、新たな視点を提供するものである。(私はまだ現象学を深く理解しているわけではないので、詳しくはその竹田氏が『現象学入門』などで説明しているのでお読みください。)
竹田氏がフッサールについて正しい解釈をしているのだとしても、他の哲学者とは異なる解釈を示し、それが「思考の技術」というベクトルを持っている。そのことを考えれば、竹田氏が提示するフッサール現象学はすでにもとの哲学思想を越えて竹田氏のオリジナル思想「竹田現象学」と言っても良いのではないか。少なくとも私はそう思って竹田氏の『現象学入門』を読んだ。そしてそのように提示された哲学は、より現代の我々に対応した、学ぶ側にとって役に立つ現象学となり得るのではないだろうか。
四冊出ている『竹田青嗣コレクション』には、一九八〇年代を中心とした氏の作品が多く掲載されている。それらの作品を見ると、難解な哲学分析が多いな、という印象であったが、一九九〇年の「しごとの周辺」では、カルチャーセンターで講義を持つようになった時のこと、「哲学の風景」では『自分を知るための哲学入門』を執筆した時の事が書いてある。その中で、哲学や思想を、今まであまりそうしたことに接した事がなかった人たちに伝えていくことの必要性と難しさについて語っている。また、氏は明治学院大学の教授として、学生と接する機会を多く持っている。竹田氏はこうした経験から、ものを考える技術としての哲学の必要性を認識し、思想を展開させていったのではないだろうか。
私は、このように哲学、思想だけでなく学問全般において、自己の探究する分野を同業者の中に閉じこめるのではなく、一般にも理解できて役に立つものとして捉えようとすることの意味は小さくないと考えている。
私は竹田氏の哲学に対する取り組みを見て、プラグマティズムの代表者ジョン=デューイを思い浮かべた。デューイは、人間の日常生活に着目した哲学者であり、知識・概念・理論について、それらを「道具」として捉えた。人間は何か問題を感じたとき、その問題を解決しようとして思考を始める。現実をよく観察し、自分の置かれている状態を認識する事によって問題の原因を見いだし、更にそこから未来の予測や推測を行う。その思考は何らかの知識や概念を利用することになるが、それらを利用することによって問題が解決されるかどうかは結果を見なければ分からないのであり、問題解決の過程における思考は「仮説」に過ぎない。そして思考は問題解決の過程、または次の問題解決のために絶えず変化していくべきものである。デューイのこうした知識・概念の捉え方は、むしろ人の価値が多様化している現代においては必要な考え方ではないか。おそらく、哲学や思想をある程度崇高なものと捉えることはその価値を維持する上で必要だろう。しかし、それだけでは普通の人は哲学を難しいものと考えてしまって近寄ることができないだろう。だから、「道具」としての側面が提示されることはやはり必要なのである。竹田氏の目指す「思考の技術」としての哲学はある程度デューイの思想に通じるものと言えるだろう。それは単に彼の著作や講義内容だけでなく、学ぶ側との対話を重視する実践的な態度として現れているのである。
しかし、残念ながら大半の大学教員はそのような考えには全く及ばないようだ。浅羽氏が指摘するように、大学では、現在においても入学してきたばかりの生徒に自分の研究を押しつけるだけで、新しい知を求める学生達に何ら配慮をしていない。しかし、若者が学歴のためだけに大学に入学してくる時代はすでに終わった。終身雇用が壊れてしまい、社会で生き残っていくために、役に立つことを教えてくれる大学を求めている。特に大学全入の時代がやってきているわけだから、これからの大学は選ばれる側になるわけだ。役に立つ知識を教えられない大学は淘汰されてしまうかもしれない。そうした時代を生き抜くつもりであれば、「学生が勉強しなくなった」と嘆く前に、まず学びを提示している自分自身を一度問い直してみる必要があるのではないだろうか。何を伝えればよいのか?どのように伝えればよいのか?考えなければならないことは無限にあり、答えを見つけるのは一朝一夕ではない。それが「教育」というものだ。常に一般の人や学生と対話する時間を多く持つ竹田氏は他の知識人に、暗にその事を提示しているようである。
【参考文献】
大宮知信『学ばず教えずの大学はもういらない』(草思社、二〇〇〇年)
浅羽通明『大学で何を学ぶか』(幻冬社文庫、一九九九年)
竹田青嗣『現象学入門』(NHKブックス、一九八九年)
竹田青嗣『自分を知るための哲学入門』(ちくま学芸文庫、一九九三年)
竹田青嗣『恋愛というテクスト』(海鳥社、一九九六年)
ジョン・デューウイ『哲学の改造』(岩波文庫、一九六八年)
掲載誌:樹が陣営
方法的制覇としての「入門」—竹田青嗣小論
宗近 真一郎
一九九〇年以降、竹田青嗣はいくつかの入門書を手掛けてきた。『自分を知るための哲学入門』『「自分」を生きるための思想入門』『ニーチェ入門』『プラトン入門』などである。入門書というのは通常、その分野の初心者を対象と想定し、大家や碩学によって懇切に総論を叙述された書物のことをいう。それは、啓蒙的であることが、読者を取り敢えずは誘引し、ときに退屈させる。「知」が体系的に学ばれるという蓋然性を帯びてしまうこと、つまり、社会の要請のなかに吸収され秩序化されることによって、「知」以前に存在した根本的な問い掛けへのパッションが啓蒙という段階では通常は消失しているからである。
ところが、竹田による「入門」シリーズはかなり趣が異なる。竹田自身が思想を志向するスタンスや契機がそのまま入門書を書く行為に繋がっている。そのため、とても素朴で無前提な位置から思想が日常の地平線の上で語り始められる。思想や哲学が恒常的な難解さから解放される。つまり、テキストが集積することによって理念や概念が細分化された「知」の閉域となってゆくバイアスが、実践(生活経験)のための「技術」として現実の方に開いてゆく方向に裏返されているのである。
例えば、『自分を知るための哲学入門』(九〇年)の枕の下りで竹田は「哲学とは本来、ある人間の自己了解として生きられなければ全く無意味なものなのである」といい、他者や世界との関係への了解も「自己了解」(自分を知ること)を通じてのみ可能だという。その原理とは、自分の身体や欲望の声を聞くことによって世界のエロス性が開示されプラトン以来の「真・善・美」が到達されることだ、と後段で竹田は語る。この「入門書」では、初期ギリシャ哲学からハイデガーさらにはポスト・モダンまでもが役割期待通りにカバーされつつ、思想言説というものの相対性や主客合一の去就について要所々々が精緻に押さえられ、最後に「自己了解」は形而上的な倫理規範においてではなく、世界から告げ知らされるエロス性の原理として成立すると描かれる。
つまり、「自己了解」は世界認識に収束されるのではなく、世界が「私」を引きつける「力」として統覚される。このユニークな発想は竹田の「入門」シリーズの基調を成している。それに先立つ『陽水の快楽』(八六年)では既に、かつて「世界という理想」に集約された生の範形と現実感も、実は〈変革〉、〈解放〉、〈革命〉という「世界への欲望」を生み落としたのであり、現在、全く同様に、消費され、味わわれるものとして都市のエロス的イメージを新たな「世界への欲望」として形成していると述べられている。また、廣松渉との対論(八九年)で竹田は「そこで、実践ということですが、ぼくの考え方でいうと、基本的には人間は世界をまず認識しているんではなくて、まず感じている」と明言している。
ここで、九〇年代にはどんな思想的なストリームがあったのか振り返ってみたい。七〇年代のなかば、第二次オイルショックあたりで日本の戦後過程は曲がり角を迎えたといわれる。まず、それまで「生産」から説き起こされていた経済言説が次第に「消費」を起点に発想する方向に傾きはじめた。あるいは、経済循環において「生産」や経済成長を優位とする従来の考え方が後退していった。それと相俟って、「生産」という概念に歴史的に内包されてきたマルクス的な疎外論の発想が急速に相対化された。つまり、疎外論にバックアップされた批評、資本主義批判をベースとする形態が急速に陳腐化しはじめた。
その流れは、ポスト・モダンと並行し、日本の思想言説にもほぼストレート浸透したといえる。一方、マルクス主義のイデオロギーとドグマへの批判が世界的規模で拡大し、八九年にはベルリンの壁が壊れ、ほどなくしてソ連が解体した。
だが、ベルリンの壁倒壊以降の九〇年代の思想的流動においてマルクス主義は死滅しなかった。資本制への抵抗素あるいは「階級闘争」のメルクマールとしてのマルクス主義は滅んだが、主体や認識の不可能性を前提としながらも、世界の現象に派生する様々な「差異」をぐんぐん細密化し、その微細な「差異」を倫理的に問い詰めてゆく思想のオブセッションとして、マルクス主義は過剰に生き残ったのである。
九〇年代の思想を主導したかに見えるポスト・モダンは、消費経済に足をつけながらも、実は、直接性を失った分だけマルクス主義のリゴリスムを研ぎ澄ませていったのである。とりわけ、日本のポスト・モダン言説はノン・イデオロジカルに見えながら、左翼性を露にしていった。ベルリンの壁倒壊について、資本主義が制覇したのではなく、本当は世界が共産化したのだといった柄谷行人は掛け目無しに「可能なるコミュニズム」に赴いたし、片や、柄谷を嫌いリオタール的「漂流」や消費資本主義に思想を糸口を求めた芹沢俊介は「戦後民主主義」のドグマで自縄自縛してしまった。
つまり、思想的九〇年代は、バブル崩壊以降の経済の「失われた十年」と同様に、理念の方向感を失っていたのである。そんななかで、竹田青嗣は「入門」シリーズを粘り強く展開した。日常の地平線の上で無前提な位置から思想を語るというスタンスは、実に、ベルリンの壁倒壊以降のあらゆる思想言説が、表(タテマエ)テクスト主義・裏(ホンネ)マルクス主義という分裂に馴染んでしまう以前に立ち戻るべき場所だった。竹田の「入門」シリーズは九〇年代において必然的に選択されるべき挑発的な思想の方法だったのである。
竹田青嗣は、その九〇年代の終わりである九九年に「プラトン入門」を上梓した。「市民社会」という近代ヨーロッパの希望の原理がファシズムをも生み出したことに対するコンプレックスにより、その原基としてヘーゲルとともに批判されてきたプラトンをめぐって、まず、物語を用いず抽象概念を用いて世界説明を行うという哲学的思考が設定したルールが初めて共同体を越えて交換される言語ゲームの条件を得たこと、また、誰も解けないという「ゼノンのパラドクス」においてアキレスが亀を追い抜けないのは「有限」と「無限」という抽象概念の「実体化の錯誤」によることが解説されている。
これは、ヨーロッパ思想の系譜が言語ゲームのなかを生き抜くために公理系を作り出してきた思想史のベースメントに対する的確な批判になっている。抽象概念は交換性を獲得したのと同時に、概念の実体化という債務を負った。このことをきっちり見極めていない多くの思想論は理念の運動を過分に解釈しようとして空転していった。
そして、『パイドン』におけるプラトニズム批判に関してこんなふうに記された。
「重要なのは、ここに、思想が普遍性への探求という本来の性格を失い、ただ、〈正しさの信念〉の共同性を守ることのみに奉仕するという事態が生じる、ということである。そして、わたしたちが真に批判すべきなのはこの事態に対してであって、“魂の内面化”ということに対してではないのである」
プラトンの「善」とは、「因果」の系列として人間が世界を眺める諸観点を作り出す当のものである、と竹田はいう。デリダらのロゴス中心主義批判には、「善」を画定したプラトニズムへの批判が内在しているが、これに対して、竹田は、プラトンは確かに「善」を画定したが、それは「善」の共同性を断定したのではなく、「善」のプラトン的イデアとは事物の究極的な説明原理にほかならないと解釈したのである。
ここで、初めてプラトンが還元的に語られる場面に、「入門」する者は出会うだろう。絶対的な「善」ではなく「善きこと」を求めようとする「魂の欲望」を肯定するということ。九〇年代最後の竹田「入門」テキストはポスト・モダンのリゴリスムに何ら憶することなく画期的なプラトン解釈を提示したのだ。
「善」のイデアルな強制力ではなく、「美しく、善きもの」への志向を人間の善悪の彼岸に見出だすということ。この竹田の異端的なプラトン解釈は八〇年代の『陽水の快楽』で示されたエロス論以前から貫かれているものだ。つまり、思想を原理的に問う力がエロスからやってきたということである。
八三年刊行の『〈在日〉という根拠』で竹田は「問題群と美意識の範形が、日本近代に固有の〈内部〉の風景として現われ、従って、ことばは常に、「問い」の内側へ向かって発せられる。しかしむしろ重要なのは、いまや「問い」の外部ではないだろうか」と述べ、それに先んじた作家論を介して、現実とは「解釈」に他ならぬというニーチェの世界解釈を、「在日」という場所から「倫理」を一気に越えて「欲望」へと転倒してみせた。また、竹田はこんなふうにもに述べた。「〈在日〉の危機とは、私にとってはむしろ、あの「意味への渇望」が絶えず超越的な理念への呼び寄せへと私たちを促し、そこで私たちが、自ら現に生きている「差別されるもの」としての実質を密かに「埋葬」してしまうことの「危機」にほかならないのだ」
「問い」が内部の現実に届くためには「欲望」に到達されなければならない。それは「問い」の外部にあるからだ。一見、「外部」と「内部」とが無限に往還されるようだが、主題(意味)を独在させるのではなく、実質に根拠地を想定しなければ、どんな抵抗も成立しない。竹田の展開は「問い」への求心力においてミリタリイであるが、同時に「問い」を自らの「外」へ旋回させようとする点で限り無くエロス的なのである。
このエロスと超越とのリンケージが、竹田の思想言説のはじまりから現在までを貫くコードであることは確かだ。倫理、規範、戦後、資本主義を踏む思想言説の定石があるとすれば、竹田は、定石を外し、「在日」を軸にして、世界をエロスのゲシタルト(体系)として語る。また、竹田が、歴史は相対性のなかにあるというとき、その相対性とは「欲望」の比喩であると考えることができよう。エロスを欲望と快楽の循環としてイメージすれば、快楽の極致にある超越的なものが現代社会の共同性を形成するという逆説が成りたつのであり、この逆説は「入門」のオーソドキシーを堅持しながら、竹田の思想言説をとてもユニークな位置に立たせるのである。
八八年に吉本隆明に対して「人間というものは、物心ついた瞬間にある欲望である。順序としては、自分の持っているこの欲望によって喜びもあるけれども、苦しみにぶつかったりもする。自分が現にあるところの欲望です。そしてその壁にぶつかっているということを掘り返していく道筋をどうつけるか、ということが大きなことになるような気がします」といった竹田は九六年のインタビューで佐藤幹夫にこう答えている。
「だからぼくは、社会の構造の問題は、基本的に開かれたシステムの条件を取り出すということが基本課題であり、倫理の問題は、社会の公共的な価値と私的な生活におけるモラルの価値との背反はどういう条件のもとに最小になるか、ということが根本問題だと思うわけです。それで、この両方の問題ともに、人間の欲望の本質についての考察ということがもっとも土台になる、というのがぼくの考えです」
八八年と九六年との間に、阪神大震災とオウム事件が挟まっており、ポスト・モダン言説の興隆と退潮というサーキュレーションも看過出来ない。いわば日本の戦後的な時空感覚がもっとも揺いだ時期に相当するが、竹田のエロス論は、公共性と私性をバランスさせる発想において特にオウム事件以降は極めて堅調に展開している。
『夢の外部』(八九年)『世界という背理』(八八年)など八〇年代終わりの一連のポスト・モダン批判において竹田の批評は解釈の方向感を失いひととき苦戦していた。それが、九〇年代に入って、「入門」シリーズをテコにして竹田批評はアクチュアリティを回復した。どういうことか。たぶん、欲望論や心身論から始まる自らの思想と、記号をひたすら消費するポスト・モダン言説との距離感をクリアに測りきれなかった竹田は、「入門」言説を介して、ボードリャールやドウルーズらのシステム論への異和をつうじて、思想史が「構造」認識と「幻想」論との戦ぎあいであるというシークェンスに出会うことによって、いったんポスト・モダンと和解し、すぐにそれを乗り越えたのだ。
だが、竹田エロス論が倫理に向き合う正念場はまだ始まったばかりであるといわねばならない。超越性はどうやって到達されるのか。例えば、中沢新一は既に、密教的快感を世界との心身的融合へと直通させるレトリックを縦横に張り巡らせている。そういうフィクショナルなファンタスムを地上的に引きつけながら、それでいてエロスの孕む超越性を日常的欲望の一歩先できっちり自覚したい。生命体、有機体としての衝動的かつ恣意的なテンションを日常のロゴスに還流させたい。
哲学の実践とは、偶発的な欲望(エロス)を倫理へと過不足なく集約する回路を画定するという、いまやもっとも困難な「技芸」といってみたい。その「技芸」において、「超越と現実」のアンチノミーのもと、「在日」であれそこに到達するための契機を「経験の世界性」として特権化する所以はどこにも無い。
そのように、大半の異界論を含め超越性への通路が殆ど無効になっている「日本」においてこそエロス(欲望)に立ち戻り、一切を反復する契機がありうる。「無限」に挑戦する「有限」な「われわれ」としては、ボルヘスのように不死を自らに宣告するオルタナティヴな原理をどこかで撃破しなければならない。
竹田が倫理に向き合おうとするポジションは、そのまま、「日本」において「超越」と「現実」とが過酷に交差するアレゴリーに至近するだけではなく、今後も拮抗すべきドグマとの主戦場を予感させる。無前提な「入門」状況のホライズンに身を置くということは、エロスを仮借なく現存性の砦とするが、ヘーゲル的「世界精神」には最終的に親和しないアジア同胞へのオマージュの可能性と不可能性をともに遂行することに他ならない。
(May、2001)
掲載誌:樹が陣営
竹田青嗣という思想家
小浜 逸郎
まず竹田さんとの出遭いからお話します。
『現代批評の遠近法——夢の外部』(講談社学術文庫)という竹田さんの本の解説にも書いていますが、八五年の十一月にお会いしたのが最初です。当時ぼくは「ておりあ」という雑誌をやっていて、そこで差別問題について企画したとき、ある人から竹田青嗣という批評家が『〈在日〉という根拠』というたいへん優れた本を書いていると教えられたんです。読ませてもらうと、これまでの在日の作家が、在日としての自分は民族として生きるか、日本人として同化するのかという二元論で考えていたのに、金鶴泳という作家が、初めて二元論を超えた文学の問題として捉え直している、ということが書かれていて、ぼくは非常に感心したんです。
これまでの在日作家は、文学を借りながら、在日の問題を実は政治的に語り、立場のために文学を利用している、そういうものしかないという偏見を持っていたのですね。ところが竹田さんは金鶴泳を材料として、そうした二項対立問題をどのように捉え返したらいいかという発想で書いているのですね。こういう書き手がいるのかとびっくりし、お会いしに行ったわけです。すると期待にたがわず、たいへん明晰に差別の問題を話される。
そのときのエピソードがあって、解説にも書いているのですが、帰りに車で送ってもらったのです。当時竹田さんは中央線の沿線に住んでいたと思いますが、あの辺りは道が入り組んでいて、狭いですね。深夜だったので、ある通りからそこを横切る通りに出かかったところで、タクシーが走ってきて、警笛を鳴らしたんです。竹田さんは急ブレーキを踏んで止まったのですが、相手の運転手がずうっと睨みつけているわけです。竹田さんは苦笑いしながら、「なにもそんなに睨まなくってもいいのに」と言ったのですね。
なぜかそのことが印象に残っていて、こういうとき自分だったら「なんだあの野郎、睨みやがって」みたいな、そういう反応をするだろうな、と思ったんです。その印象をあとあと考えてみると、もしぶつかって相手の運転手が殴りかかってきたとしても、竹田さんの物事の処理の仕方というのはこういうものかもしれないと思い当たった。つまり、自分の非は非として認めつつ、相手に対しても、そんなに怒ってもいいことはないんだと説得し、分からせてしまうような、そういう処理の仕方だろうと感じたのです。それは、ちょっと自分にはできないな、と思ったのです。
ちょうどこの時期というのが、彼が『現代批評の遠近法』に収められた論考を発表していた時期です。なるほど、竹田青嗣はこうかと。あなたが怒るのも分からなくはないが、そんな怒ってばかりいと楽しく生きることはできませんよ、ということを納得させようとする強靭な精神と、強い思考に貫かれている。その基本的な構えを垣間見たような気がしたわけです。
*
政治の世界でも保守と革新の対立があり、セクシュアリティの世界でも男の女の対立があり、哲学の世界でも主観と客観は一致しないという対立的な問題意識があるわけですね。二項対立の原理は物事を考え進める上での基本ではあるのですが、しかし対立のまま終始してしまえばただの泥仕合です。現に歴史上の言説は、それを繰り返してきているわけです。そのアポリアに気がついたとき、どうすれば不毛な対立を解決できるのか。その考え方を、竹田さんは徹底して追及している人だという気がするんです。そこが竹田欲望論のポイントだと思います。
なぜそのような対立が生ずるのか。それぞれの主張なり実感に基るづいた言い分には、それぞれがそれぞれに根拠を持つ。しかしどちらかの根拠に依拠して言い合いを続けるのではなく、どういう基盤からそうした二つの異なる立場が生ずるのかをしっかりと照らし出していけば、少なくとも、なぜわれわれが不毛な対立を繰り返しているのかという条件が明らかになる、まずはそういう共通了解に達することが大事だというポリシーを、彼ははっきりと持っている書き手です。
ぼくはそこが彼に惚れるところであり、ぼくにとって勉強になるところです。ぼくもものを考えるときに、なぜこういう考え方を人はするのか、なぜこう感じてしまうのか、そのことを明らかにしよう、そこからもう一度考えてみようとしているわけです。それは竹田さんから学んだところが少なくない。自分の信仰や心情にただ固執して、自分だけが正しいと言い張るのではなく——竹田さんは、天皇制を論じても在日の問題を論じても文学を論じていても、なぜ対立が生ずるのかについて理と意を尽くすわけで——そうした竹田さんのあり方は、本当の意味での強い思考だと感じますし、ぼくにとってとても勇気付けになります。
*
竹田さんは哲学というターミノロジーの領域内で、いまお話した姿勢を貫きながら、これまでの形而上学の歴史をすべて総括し、「欲望」というキーワードをもとに、もう一度哲学を立てなおすという非常に壮大な視野を持って取り組んでいます。ぼくはその点、大いに期待しています。
彼は、フッサールの現象学の中にその可能性を見たのだと思うのです。ぼくはフッサールをよく知らないので、あまり立ち入っては言えないのですが、フッサールは独我論であるという批判をよく受けますね。しかしそれは事物の存在に対する確信というものがなぜ存在するのか、確信というものがなぜ成立するのか、その条件を見きわめるために、方法的、意識的にとった立場であって、特定の世界観ではないわけです。様々な哲学的解釈とか自然科学的世界観といったものをいったん判断中止し、意識のなかに内在的に与えられている所与——これを見て私は赤いと感じるとか、何かを言われて傷ついたとか——そういう意識や心情の所与というものは、正しいか間違いであるかは問題外であり、主観の中に映し出される体験として必ずあるわけです。それは主観的に感じたことが絶対に正しいということではなく、体験的な所与としてあることをまず認める。そしてそこから、意識の構造がどうなっているのかを分析していく、それがフッサール現象学の方法だと思うのですが、その方法のなかに、竹田さんは大きな可能性を見たわけです。
さらにそこに加え、ニーチェとハイデガーの考え方が、竹田さんの精神的資産として入っている気がするんです。単純に言うと、この世を徹底的に意味と価値の体系として捉えるという考え方ですね。主観にとって世界がどう見えるか。その見え方や感じられ方は、意味と価値の体系として現われてくる。客観世界は主観とは無関係に唯物論的にあるのではなく、かならずある色合いを伴っている。そしてその色合いを特定の色合いたらしめているものが、一人一人の欲望である。意味や価値とは関係のないただの事物と思えるものも、必ず意味付けられ、価値付けられたものとして現われてくる。しかもそこには普遍共通性がある。たぶんそれが竹田さんの捉え方です。ただ、これは必ずしも竹田さんの独創ではなく、問題はここから先の原理をどう展開するかですね。
フォン・ユクスキュルという生物学者がいますね。ヤドカリがイソギンチャクに対してどう対応するか。あるときには食料として食べてしまう。あるときにはイソギンチャクを乗せて運び、餌を捕ってもらい、そのおこぼれに預かる。そんなふうにいろいろな対応をするわけです。生物においては、環境と主体とのそのときどきの関係のあり方によって、世界の見え方が異なる。そういう主張をユクスキュールはしたわけです。その見方は人間という存在を考えるときにもおおきひんとになります。人間という生物種は、自分たちの欲望と性の目的に従ってこの世界を切り取り、色づけているし、ナメクジにはナメクジの、ダニにはダニの世界の見え方がある。
つまり人間はどういう意味と価値の体系を持っているのか。どういう欲望の体系をもってこの世界を見て、世界に関わっているのか。そのことを解き明かそうとしているのが、竹田欲望論だと思います。それが原理的にかつ総合的に展開されたら、すごいことだと思います。(談)
掲載誌:樹が陣営
講義レジュメ 社会思想と現象学 (第2期アカデミー)
「社会」というアポリア 社会思想と現象学 1回目
現象学の方法は、「社会」認識を方法をすべてカバーできない。しかし現象学は哲学的方法の基礎論なので、社会認識の本質がどのようなものか、その方法の妥当性をどこに置きうるか、についての基礎論を提出することができる。近代哲学の社会思想をあとづけながら、可能な現代社会理論を構想するための基礎原理を輪郭づけてみたい。
(1) 前回の「方法としての現象学」のまとめ
「言語」の本質は何か。
言語のルールは、一般意味のルールと一般統辞性のルールがある。このルールは、人間が現実言語においてそのつどの「関係企投」を創り出すための「道具=用在」(Zeug)。たえざる言語的関係企投の行為が、ルールを再編成する。これは「社会集合的約定」の原理。
「世界」とは何か。人間の「世界」は、「環境世界」ではなく、普遍的な「社会集合的約定」のゲーム。人間の「世界」には「事実」それ自体はない。それは基層的な「価値の秩序」と、その上に成り立つ「世界了解」の意味の網の目。したがって、言語によって事実として「世界」を把握することはできない。むしろ、無数の言語行為とそれによって形成される「約定」の網の目が、つねに「世界」を再構成しつづけている。(ニーチェ・フーコー)
言語の意味は、世界了解を編み変えることで、つねに相互関係を刷新してゆくこと。 「事実」それ自体や「真実」それ自体を描きだすことではない。「事実」や「真実」は、事後的な間主観化(=客観化)。社会学・人間学は、「本質学」たらざるをえない。
言語は、人間の「幻想的身体性」の根拠でもある。人間的「身体」の本質は、感受性、美意識、倫理性。これらは「関係態度」の源泉。つまり「自己意識(アイデンティティ)」の根拠。
感受性、美意識、倫理性を形成するのは、人間的「関係世界」。それはつねに「身体化」される。言語は明示的な意味の体系を最も表層としてもつが、それを根拠として織りなされる関係企投の網の目が、「幻想的身体性」を編み上げる。人間的「エロス」と「欲望」は「意味」によって織りなされた綾布である。
「世界」とは、「幻想的身体」による可能的経験としての「世界」の間主観的総体である。
《まとめ》
1. 人間と社会を、「事実」としてではなく「本質」として捉えること。
2. 人間の「本質」は、(1)「実存性」、(2)「関係性」、(3)「価値審級性」
3. 社会の「本質」は、実存可能性の一般条件
4. 社会の構造の「本質」は、複合的集合的約定関係 (ルール・ゲーム構造)
その本質契機は(1)「政治」ゲーム (2)「経済」ゲーム (3)「習俗(共同)関係」ゲーム
(2) 「社会」とは何か ──「社会」の本質論
<1>「社会」が一つの難問(アポリア)であること。
近代以後、いくつかの知の領域において「アポリア」が形成されている。
1. 「身体」 → 「心」
2. 「言語」
3. 「社会」
このことには必然的な理由がある。「構造論的アポリア」→「身体」「言語」「社会」
これらのものは「構造」だが、これをいかに捉えることができるか。
→「身体」のアポリア メルロ・ポンティー→「身体」とは「構造化する構造」。自己転回する構造 →「構造と力」というアポリア。
→「言語」のアポリアは、「意味」の多義性のアポリア→「空は青い」はその意味を一義 的に決定できない。「言語」を意味を規定するルールの構造体と考えると(ソシュール)、この多義性の現象が解明できない。ここには「意味生成」の原理論が必要。
→「社会」のアポリアは、その「構造」の多元的解釈可能性(すなわちイデオロギー性)の問題。→どれが厳密かつ「正しい」社会論か? 社会を実体的な構造体として捉えることの不可能。「実証主義」の限界
→「社会有機体説」と「社会機械論説」
→ヴェーバーの「理解社会学」「理念型」
→「社会システム論」 システム理論の適応→パーソンズ→ルーマンの「社会システム論」→「機能‐構造主義」→「開放系(システムと周界)」
<2>ルーマン「社会システム論」について
*「オートポイエーシス・モデル」「創発的秩序モデル」(コミュニケーション理論と「意味」の理論へ)→社会は「行為(選択行為)のシステムではなく、コミュニケーションのシステム」である。最終的には、「システムと環界」という出発点の区別はなんら特権的原理でない。「絶対的原理」ではなく、他の区別原理も可能。
「社会システム論」のポイント
1. 「個人」をその基本単位としない。個人の集積としての「社会」ではない。
「社会」自体が、自立的構造と本質をもつ。この本質を捉える。「細胞」の研究ではな く有機体の自立的本質を捉えること。「社会」は固有の機能的本質をもつ。これに応じ て「構造」がある。「機能‐構造論」。この構造が個人を規定し形成する。
2. 「社会」を完結した「構造体」と考えない。特定の一義的「構造‐機能」ではない。それは変化する。「システムと周界」モデル。→社会は「開放系」。自立した生命体
3. 社会システム論は、現実の社会理論というより「社会とは何か」についての方法原論となる。→結果として、「絶対的原理」はない、という結論。
⇒近代における「身体」「言語」「社会」のアポリアの本質 (経済学も同じ)
自然科学的方法を人文科学に適応したこと。その本質の違いを理解できなかったこと。
フッサールの『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』
「身体」「言語」「社会」は一つの「構造体」しかしそれは「事実学」として扱えない。
これらを「本質学」として扱え。⇒「本質学としての社会学」という提唱。
(3) 伝統哲学と近代実証主義
*実証主義による伝統哲学批判 コント デュルケーム パース クロポトキン マルクス等
*「観念論」について →人間学的方法
→「観念論」とは、「世界は実在せず、感覚や観念だけが実在するという説である」?
→「観念論」は、観念実在論(唯心論)・形而上学・真理主義である?
→「観念論」とは、形而上学的独断論(神がいる)と、経験論(確実と言えるものは何もない)の間の難問を解くための独自の考え方(方法論)
→「唯物論」は「理神論」とともに、近代的合理的理性のわくぐみ。→「功利主義」
事物はそれ自体として存在しない。また「観念から構成されるもの」というのではない。事物の存在本質は、「にとって、のために、として」という意義連関。
→近代「観念論」の主流は、
1. カントの「超越論的観念論」→ヘーゲルの「意識の現象学」へ
ここのポイントは、個々人の自由な生の意識にとっての「社会」、を捉えること。
2. カント「超越論的観念論」からフッサールの「超越論的現象学」へ。
最大のポイントは、共通了解の成立する領域としない領域の原理的区分を確立すること。
⇒「近代哲学」対「実証主義」(あるいは現代思想)へ
第2期アカデミー講義「社会思想と現象学」
第1回目(2003年4月26日)レジュメ
近代哲学と社会 社会思想と現象学 2回目
(1) 前回のまとめ
1. 言語とは何か
*人間社会は、言語による約定の網の目である。
*人間の世界は、集合的な約定関係の網の目。「ゲーム的本質」をもっている。
*人間の「身体性」は価値審級によって特徴づけられる。「感情、欲求、欲望」は、「真・善・美」という秩序性がその本質。
2. 「社会」という難問。
「身体論」「言語論」「社会論」には同型のアポリアが存在する。
完全な「構造化」が成立しないこと。へその緒のような分析できない点が現われること。
→近代社会学は、「事実」として社会を捉え、「構造」それ自身を捉えようとしたこと。
「構造」はそれ自体として存在するのではなく、課題を設定したときにそれに応じて現われるものだということ。→本質学
3. 近代観念論」の可能性
近代哲学の中心問題は「認識論」(厳密な認識の可能性)これに対処できる方法が観念論だった。観念論は、重要な成果をもっている。
1. カントの「超越論的観念論」→ヘーゲルの「意識の現象学」へ
ここのポイントは、個々人の自由な生の意識にとっての「社会」、を捉えること。
2. カント「超越論的観念論」→フッサールの「超越論的現象学」へ。
最大のポイントは、共通了解の成立する領域としない領域の原理的区分を確立すること。
(2)近代哲学の社会「原理」
1. 「社会」あるいは「社会」が政治統治をもつことの存在理由
→ホッブス「万人の万人に対するたたかい」 (「承認をめぐる死を賭するたたかい」)
2. 「人間の諸権利」の存在理由
「所有」と「自由競争」の原理……所有権と自由競争は各人の「自由」の基礎条件
ロックの『統治二論』・カントの『人倫の形而上学の基礎』・ヘーゲル『法の哲学』
スミス『国富論』 普遍分業と普遍交換の不可避性 →普遍市場の不可避性
3. 「政治統治」の「正当性」の根拠
→ルソー「社会契約」「一般意志」・ヘーゲル「自由の相互承認」
(3)近代社会の根本原理──「自由の相互承認」をめぐって
★『精神現象学』について
1. コジェーヴ ──歴史の終焉
世界の歴史は「主と奴のたたかいの歴史」宗教から「無神論の完成者」としてのヘーゲル
「歴史の終焉論」→「知の絶対的体系の円還」
2. 欲望の原理 「他者と承認」
人間の欲望本質は他の単純否定ではなく「自己意識の自由」(自己欲望)→「他者の欲望」
「自己内価値確証」の類型→「ストア主義」「スケプチシズム」「不幸の意識」
これを経験して「理性」へ。
3. 「絶対本質」──最も普遍的なるもの 最もほんとうのもの 超越的なもの
「宗教」とは何か→「絶対本質」が外化したもの。
4. 「啓蒙」と「信仰」
「唯物論 対 理神論」
↓
「有用性」
↓
「絶対自由」(革命)→「恐怖政治」
5. 「道徳」と「良心」 (自己自身を確信している精神)
1. 「道徳」 人間的超越を自己へと内面化した精神(→カント)
実践理性の根本法則
「君の意志の格律が、常に同時に普遍的立法の原理として妥当するように行為せよ」
→三つの要請
(ずらかし)
1. 「最高善」→「道徳と幸福の一致」の要請
2. 善への「義務」→「理性と感性の一致」の要請
3. 「神」→→「至上存在」の要請
「道徳意識」は、合理的推論の能力から世界の理想像を「表象」(理想像)する。現実と理想の格差は、その現実条件(可能性の条件)がつかまれるのではなく、「当為sollen」によって埋められる。これが「純粋義務」となる。世界はかくあるべき。
「純粋当為」の挫折→本質的不可能性 「個と全体」の完全な一致 「善の完全な実現」(=世界の道徳的完成) 「すべての人間の人間的完成」 →矛盾が現われる。
「道徳的意識」の方策
1. 「純粋当為」の信念の挫折を、理論的権威、政治的権威、共同的権威によって補強すること。
2. 矛盾を適切に克服できず、価値相対主義、懐疑主義におちいること。「アイロニズム」
「この形式はじっさいイロニーである。すなわち、そのような信念の原理などは大したものではないという意識であり、信念というこの最高の基準のかたちで恣意が支配しているにすぎないという意識である。」(『法の哲学』)
2. 「良心」
*「道徳」から「良心」への展開は、「自己意識」の自己了解(自覚)の進展。
「道徳」は、一切の超越的なものの本質が「自己」にあることを知っている本質的「自己配慮」の精神。自己を善きものと一致させようとする精神 そこで「純粋義務」をもつ。→これが「理想表象」を生む。 「良心」の自己理解
1. 「道徳」が、自己中心的な「自己価値への欲望」への無意識に由来すること。しかしそ れは相互的であり、「自己中心的動機」なしに普遍的なものへの意志もないこと。
2. 人間の知は全知ではなく、そのため本質的に信念には「過誤性」があること。
3. 自己責任と結果の引き受けの自覚
(4)まとめ
1. 「啓蒙」→「有用性」「絶対自由」「道徳」「良心」という範型は、近代の「自己意識」の必然的範型 →「絶対本質」(最も普遍的なもの・ほんとうのもの)
近代精神は「自己の自由」を探求し、これを「最も普遍的なもの」(社会性)へとつなぐ。
2. 「良心」はヘーゲルの「絶対知」を意味する
3. 近代精神が「良心」へと自己を推し進める本質契機は、「自由」の自覚(自己理解)
→つまり「自由の相互承認」という契機
4. ヘーゲル社会論の根本構想は、「自由の相互承認」がその原理を展開してゆく可能性の原理。これを「個人における社会意識」(普遍性の意識)の範型論として描いている。
このプランを、「社会構造」として考えればどうなるか。
第2期アカデミー講義「社会思想と現象学」
第2回目(2003年5月10日)レジュメ
現象学的社会原理 社会思想と現象学 3回目
(1) 近現代の「社会学」の概要
1. マルクス主義 →階級対立という構造 (主と奴隷の弁証法)
2. 近代社会学 コント・デュルケム・ジンメル・ヴェーバー
デュルケムとジンメルの現代社会の矛盾と悲惨
ヴェーバーの理解社会学 →「合理性」概念
3. 批判社会学 アドルノ・ホルクハイマー ハーバーマス
「啓蒙の弁証法」(反近代)
「対話的理性」「妥当要求」「理想的発話状況」
4. 構造主義社会学 アルチュセール・フーコー
「不可視の権力と構造」
5. 機能主義社会学 パーソンズ・ルーマン他
「社会学構造モデル」
6. アメリカ政治社会学 ハイエク・ロールズ・ノージック・マッキンタイア
社会的「正義」の公準
*二つの大きなモチーフ
1. 社会変革の考え方
→なぜ社会は変革されえないのか → 「制度」と「構造」
2. 社会実証主義
→社会をどのような「構造」として捉えるか? 構造のモデル
→諸前提の混乱と曖昧化。「反資本主義」はどこに向かうべきか
(2) 近代哲学における「近代社会」の構成原理
1. 政治統治の必然性の原理 →ホッブス「万人の万人にたいする闘い」
2. 「政治社会」の本質の発見と「近代社会」の原理 「社会契約」説
3. 「統治の正当性」の原理 →ルソーの「一般意志」
4. カントの「自由」とヘーゲルの「相互承認」
(3) 近代哲学が示している社会「原理」
1. あらゆる「社会」は、暗黙・明約的「合意」による形成体であること。
2. いったんこの自覚が生じると、政治統治の正当性は、社会のすべての成員を対等なメンバーシップとする考え(「自由な個人」とその集合的約定による権威の創出)に定位され、そして不可逆的なものとなる、ということ。
3. この理念に達するやいなや、「社会」の根本的な基礎原理は、「自由の相互承認」という概念に集約されること。
★ ヘーゲル『精神現象学』が近代社会の本質として表示していたこと。
1. 人間の欲望本質論
→「自己意識の欲望」「自己価値の欲望」「他者との承認関係」「人間的欲望の社会的と関係的本質」
「欲望の超越性」→「絶対本質」(普遍的なほんとう)
2. 「近代社会」の本質論
「社会」は「個人の自由の相互承認」にもとづく「普遍的承認ゲーム」
「自由の相互承認」は単なるルール関係ではなく、「人間関係の本質」を「市民社会」を通して展開し、深化させてゆく。
*「自由の相互承認」という原理は、近代社会の重要な諸概念を決定的に規定する。
1. 第一に、近代社会の「政治概念の本質」を完全に変容する。政治権威と権力の「正当性の源泉」は、どのような「聖なるもの」「超越的なもの」でもなく、自由を承認しあうかぎりでの「自由な個人」へと置き移される。
2. 第二に、「社会倫理の本質」を完全に変容する。伝統的な社会倫理の本質は、共同体的秩序と階序の安定と維持ということ。近代社会における社会倫理の本質は、ハーバーマス的「社会関係の合理性」の概念、その妥当性および正当性に対する信憑にある。この社会的合理性の信憑の基礎をなすのは「自由の相互承認」の感覚。「公共性」の概念。
3. 第三に、「個人倫理の本質」も完全に変化する。旧世界では、個人倫理の本質は、「超越的な聖なるもの」およびそれに由来する共同体的階序関係、役割関係への「信」と「篤実」にあった。近代社会では、個人倫理の本質は、自己自身を「普遍的なほんとう」(絶対本質)へと目がける実存的自己配慮。(ヘーゲルの「良心」)
4. 第四に、「自由の相互承認」という近代社会の関係本質の規定は、「人間の存在意味の本質」を決定的に変化させる。近代社会では、人間は固定的な役割関係における存在本質であることを脱して、自分自身の存在を「人格」として“表現”しあう存在となる。このことを通して人間は、互いの「存在配慮」を表現しあい了解しあうことで、関係世界を絶えず刷新してゆく実存存在となる。これは人間関係の「関係的本来性」の概念を導く。
→ただし、現在の現実社会では、まだ十分にそうである条件は存在しない。しかし相互承認的ルールゲーム社会である「市民社会」だけが、その潜在的可能性をもっている。
(4)「自由の相互承認」の概念の、社会学的転移
★近代社会の基礎原理
1. 「階序原理」と「承認原理」の背反性
→「社会的集合性」の原理は、「階序的原理」か「相互承認的原理」しか存在しえないこと。「近代社会」は「相互承認原理」の社会であること。
2. 「相互承認社会」における「理想理念」の不可能性
「相互承認」原理の社会では、「絶対平等」(絶対自由を含む)理念は成立せず、また「理想理念」一般が成立しないこと。ここでは「ルールゲーム」原理だけが唯一の可能性。
3. 「ルールゲーム」と「権力」原理
「ルールゲーム」原理による社会は、自由競争社会であるが、ルールが成員全体の合意によってつねに調整されることを「正当性」の根拠とする。ルールによる「競争」の本質は、実力(暴力)によらず一切をルールによって調整すること。しかしルールの権限性それ自体は、最終的には「実力」によってのみ担保されること。ここにのみ「権力」の正当性があること。
4. 「近代社会」は「実存の可能性の条件」である。
「自由の相互承認」を原理とした近代社会は、個々人にとっては、その自由な実存的「自己配慮」「存在配慮」の可能性の基本条件であること。近代社会だけが、この条件を与えうるということ。そこには功罪両面があるが、不可逆的。
5. 「ルールゲーム」原理を本質とする「社会」の基本的公準。
1. 既成の諸身分的差別の撤廃
2. 階層構造の流動性
3. 競争の初期条件の均等性
4. 諸「ゲーム」の可能性(多様性) →敗者復活と資質の多面性の開発
5. 「生計のためのゲーム」に対する「文化ゲーム」の配分比率を高めること
「必然性のゲーム」と「自由のゲーム」
★近代社会の問題点 上のような「近代社会」原理が、疎外されている諸原因
1. 「自由」の解放と配分が、「富の適切な配分」に結びついていない。
「経済ルールの制御」についての原理が確立されていない。
政治支配と経済支配の癒着構造
2. 「一国家」の「ルール」社会原則は、「国家間競合」の事実によって、つねに疎外され る。「近代社会」の「自由の相互承認」原理は、国家間の可能な原理へと転化されてい ない。「資本主義」(自由競争)のルール化の原理は、「国家間ルール」の確立に比例し てのみ可能となる。
3. 「国家間」ルールの確立は、一定の生活水準に到達した「先進国」による同盟と調整によってのみ可能となる。先進国どうしでイデオロギー対立が存在するかぎり、このことは不可能。(→カトリックとプロテスタントのイデオロギー対立が克服できないかぎり、「近代社会」原理は現われえなかったのと同様)
4. 「資本主義」の本質は「信用」経済にあり、自然的には、基本的に競争原理を拡大する本性をもつ。「資本主義」の競争拡大的原理を制御する原理を、「相互承認」の原理から導くこと。→ニューディール政策は、その一例。
「社会主義」原理はその一案だが、「自由の相互承認」の原理と背反する。変奏の必要あり。
*(参考)現在、「経済」行為の「単位」は「個人」ではなく「家計」。経済行為の「主体」は「家計」ではなく「企業」にある。ここには、「ルールゲーム」社会としての近代社会の本質的ねじれがある。「国家社会」のルール原理は「自由の相互承認」。経済ゲームとしての社会の原理は、「専制体」の競合。
社会の成員の総体的な合意(一般意志)が、経済ゲームのルールに反映されるためには、「企業」原理が変わらなければならない。「企業」が「市民社会」となること。
5. 「現代資本主義的膠着」の概念 その諸要素
1. 「拡大的資本主義ルール」の確定の膠着
→「国家間」協調の不確定 イデオロギー
→資本主義の不安定
2. 「国民国家」から「市民国家」への成熟の膠着
→「国家間」競合 資本主義の不安定
3. 「南北格差」問題の膠着
→先進国の協調と合意
★第三回の結論
1. 「近代社会」は人類社会が、個々人の「自由」の解放とその「相互承認」へと方向づけられた根本的転換点。
2. 「近代社会」は、社会構造の激変の時代であり、ヨーロッパによって先発され、多くの矛盾を生み出した。しかし「近代社会」の基本原理は、不可逆的であり、逆行させるべきでない。
3. 「近代社会」は、おそるべく長い列車。先端部は「自由」をもてあまし、最後尾は基礎的自由どころか、生活の最低条件すら欠いている。にもかかわらず、列車は前へ進む以外に原理がない。できうるかぎり矛盾の少ないやりかたで、そのかぎりでできるだけ短いスパンでこの列車の長い列を縮減することが、近代社会の今後の第一の公準。
この規準のために必要なのは、先進国間の世界史的展望の創設と協調。
つぎの公準が、先進国における、自由・富・エロス(幸福)の配分の合理性を高めること。
これは、先進国協調の重要な条件。
4. 「先進国」の人間の「実存不安」は、社会の「承認ゲーム」が、多く「必然性のゲーム」であって「自由」ゲームとなっていないこと。および社会的「承認ゲーム」一般が、世界的矛盾の中で成立しているという意識による。
5. 「近代社会」の世界史的展望は、国民国家原理と資本主義原理によって頓挫した、「自由の相互承認」による「社会原理」をあらたに展開できるか否かにかかっている。
「反近代」「反ヨーロッパ」「反自由」の諸概念は、反動形成となって、つぎの展望を見出せない。
(以上)
第2期アカデミー講義 「社会思想と現象学」
第3回目(2003年5月24日) レジュメ
受講生からの感想
講義 ホントは使えるヘーゲル (第5期講座)
*内容が非常に濃く、盛り沢山で「元が取れた」感のある講義でした。
竹田先生の話し方は「○○はAとBの二つの場合しかあり得ません」とか、「○○の本質はAとしか言わざるを得ない」といった断言調が気持ちよく、頭の中がスッキリした感じがしました。
[織田孝一さんの感想]
* 第3回目の後半のお話=竹田説は、私が高校生の頃から漠然と感じていた事が「割といい線、行ってたんだー(^^)」と思えて、嬉しかったです。スッキリしました。
[本田哲也さんの感想]
受講生から寄せられた感想です
