山形浩生

略歴

1964年 東京生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻、マサチューセッツ工科大学不動産センター修士課程修了。 野村総合研究所研究員。評論家。

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受講生からの感想

講義 現代社会批判を批判する(第8期講座)

*久し振りに出会った知の巨人という印象を持ちました。話し方もスマートで、持論を押しつけるわけでもなく、「いいですか、皆さん。物事にはさまざまな考え方、見方があるのですよ。」と諭してくれる方だと思いました。
[村田一さんの感想]

*第三回目の行動経済学的知見の人間は合理的に行動しないという点に強く興味を持った。普段の行動に根ざしている諸行動を例として挙げているので大変分かりやすかった。思うに、現代社会という大文字の世界を肯定するにせよ批判するにせよ、その発言には幾分かの感情が込められていて、合理的に行動・思索する近代人の姿とは相容れない。
とすると、法律・規則・経済システムといった社会システムというのは、合理的だから生じるともいえようが、どちらかといえば、人間の集団意思の如きものによって、合理/不合理に関わりなく、発明されたのかなと思う。マクロ・ミクロでも人間の感情に視点を合わせることが理に適っているのではないかという結論を講師の説明から導きだした。思考は難しいが楽しいですネ。
[H・Tさんの感想]

*山形浩生さんのお話は、予想していたよりずっと穏やかでバランスの取れたものだった。実務家としての顔も魅力的だった。
 社会批判はしばしば極端で、的外れになるが、私たちはそれを無批判に受け入れる危険があることが良くわかった。しかし、だとすれば、例えば痛烈なグローバリズム批判映画「ダーウィンの悪夢」といった作品をどう見たらよいのか、と考えさせられた。必要なのは、的を射た批判とそうではない批判、責任ある発言者と無責任な発言者を見分ける知性なのだろう。しかし、何を手がかり、基準にすればよいのか、と迷う。山形さんも答えは出していない。
 また、日本において問題があるとすれば、(講義の時にも質問させていただいたが)、多くの人が「お客さん意識」で生き始めたことにあるのではないか。自分はサービスされて当たり前、問題は他社や社会のせいだと考える人が増えてはいないか。これは教育分野で内田樹や諏訪哲二がいう「子供が消費者であるだけで一人前と見なされ、オレ様化している」ことと通底しているように思う。生産者でなくては一人前と見なされなかった社会とはそこが大きく違うのだ。もちろん人は消費者だけでなく生産者としての側面を持っている。が、社会のIT化やサービス産業化によって、生産者の実感は持ちにくい一方、消費者意識は肥大するようになっている。山形さんは、「お客様は神様です」意識の問題に触れたが、私もこれはある程度やるべきだと思った。大人としての判断力のない人間は、カネがあっても消費者と認めないくらいのモラルが社会全体に必要ではないか。
[織田孝一さんの感想]

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