第8期シンポジウム●2009年7月4日(土)「精神科医が診る、現代日本のうつろな気分」のお知らせ
※シンポジウムは終了しました。たくさんのご参加ありがとうございました。
受講生からの感想はこのページの最下部にあります。
人間学アカデミー第8期[近現代を問い直す]シンポジウム2009
テーマ 「精神科医が診る、現代日本のうつろな気分」
【日時/会場/受講料】
日時●2009年7月4日(土)14:00〜18:00
*シンポジウムに限り14:00開始ですので、ご注意ください。
場所●PHP研究所・東京本部6Fホール
(地下鉄半蔵門線半蔵門駅下車 5番出口より徒歩5分)
受講料●3,000円
【パネリスト】
■春日武彦(精神科医・日本医科大学客員教授)
かすが・たけひこ●1951年京都府生まれ。日本医科大学大学院衛生学科修了。病院勤務、東京未来大学教授などを経て現在、聖美会・多摩中央病院院長、日本医科大学客員教授。著書に『心の闇に魔物は棲むか』(光文社文庫)、『人生問題集』(角川グループパブリッシング・穂村弘との共著)、『精神科医は腹の底で何を考えているか』(幻冬舍新書)など。第8期人間学アカデミー講師。
■斎藤環(精神科医・爽風会佐々木病院)
さいとう・たまき●1961年鹿児島県生まれ。筑波大学医学研究科博士課程修了。1987年より爽風会佐々木病院勤務。現在、同病院診療部長、内閣府所管社団法人青少年健康センター参与。著書に『心理学化する社会』(河出文庫)、『文学の断層 世界・震災・キャラクター』(朝日新聞出版)、『母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか』など。第4期人間学アカデミー講師。
■滝川一廣(精神科医・学習院大学教授)
たきかわ・かずひろ●1947年愛知県生まれ。名古屋市立大学医学部卒業。病院勤務、福祉センター勤務、愛知教育大学教授などを経て現在、学習院大学教授。著書に『こころに気づく』(日本評論社・伊藤直文との共著)、『新しい思春期像と精神療法』(金剛出版)、『「こころ」の本質とは何か』(ちくま新書)など。第1、2、3期人間学アカデミー講師。
■小浜逸郎(批評家)
こはま・いつお●人間学アカデミー主宰。横浜国立大学工学部卒業。国士舘大学客員教授。著書に『「死刑」か「無期」かをあなたが決める 「裁判員制度」を拒否せよ!』(大和書房)、『結婚という決意』『言葉はなぜ通じないのか』(ともにPHP新書)、『自由は人間を幸福にするか』(ポット出版・他3名との共著)など。第1、2、3、5、8期人間学アカデミー講師。
司会◎小浜逸郎(兼務)
※プロフィールは2009年6月現在。
※パネリストは、都合により変更となる場合があります。予め、ご了承ください。
【主宰者のことば】
昨年から今年にかけて、未曾有の金融危機が世界を駆け巡りました。世界でもトップレベルの企業の営業不振が相次ぎ、リストラ、派遣切り、雇用不安の嵐が吹き荒れています。
政治の世界でも、何をどうしてよいかわからず、政治家たちは右も左も文字通り「右往左往」を繰り返すばかりで、もはや半ばお手上げ状態に近いといってよいでしょう。
自殺者数は、それまで20000人から25000人の間で推移していたのが、1998年(平成10年)、突如激増し、ここ11年間30000人を越える状態がずっと続いています。平成19年版自殺対策白書(内閣府発行)によると、この数を押し上げているのは、もっぱら男性であり、全体の8割に達します。しかも働き盛りの45歳から64歳までの中高年男性の増加がすこぶる顕著で、男性全体の中で54%を占めます。
女性は1960年代以降、若年層の自殺が激減して以来今日まで、低水準を維持しながら、しかも特に年齢特性が見られません。
若者(15歳から24歳)の自殺者数は60年代以前には他の年代に比べて最も高い山を作っていたのですが、そのピークを過ぎてからは減少の一途で、現在では、5歳から14歳までを除けば、他の年齢層と比べて男女共に最低水準になっています。
また、少しデータが古いですが、厚生労働省がまとめた傷病別年次推移によると、躁うつ病患者の数(各年10月の調査日現在、病院、診療所などにおける入院患者、外来患者の数)は激増しており、1984年(昭和59年)には総数11000人、入院5000人、外来6000人であったのが、2002年(平成14年)には、総数54600人、入院13500人、外来41200人となっています。絶対数の増加ばかりでなく、外来患者の占める割合が著しく高くなっていることもうかがえます。
さらに、Snow Whiteというサイトによると、精神科における相談件数が1996年には、3500件であったのが、2002年には、25000件に増えており、しかもそのうち、うつ病に関するものの割合が、26%から60%へと激増しています。おそらくこの増加傾向と高水準とは、現在に引き継がれているのではないかと予想されます。
これらのことはいったい何を物語っているのでしょうか。安直な答えを出す前に、考えてみなくてはならないことがいろいろあるように思います。
まず自殺についてですが、もっとも注目すべき点は、この半世紀で、若年男女と、中高年男性とが数においても率においても完全に逆転してしまったということです。
それから、ここ20年ほどで、中高年層における男女の格差が著しく、オバサン、オバアサンはほとんど自殺しないが、オジサン、オジイサンが盛んに自殺しているというデータも考えるに値する材料です。
よく自殺の原因を記述するのに、経済的理由でとか、人間関係に傷つきとか、個人的な挫折でとか、あるいは病気を苦にして、などに分類し、そのどれかに特定しようとしますが、これらはみな外部から想定された原因で、引き金としては当たっているものもあるでしょうが、なんだか的を射抜いてはいないような、隔靴掻痒の感をまぬかれません。しかもどれかひとつに特定しようとすることにも無理を感じます。
また、これらの原因想定は、すべてみずから生を絶つことがその人にとって「絶対悪」であり、生から死への激しいジャンプであるという認識を暗黙の前提にしているため、はっきりとしたネガティヴなものばかりに限られています。しかし、芥川龍之介が自殺の意図を持ったとき、「将来に対するぼんやりとした不安」という言葉を自分で残していますが、こうした表現のほうが、自殺者の心理をよく言い当てているような気がします。
さらに言えば、自殺者の心理の中には、「仕事人生がバカらしくて」とか、「世をはかなんで」とか、「もう面白いことがなくなってしまった」とか、「この先生きていても何があるわけでなし」とか、「この世の中で十分に見るべきものは見てしまった」とか、「年取ってからの孤独に耐えられない」とか、「老いて周囲のものに迷惑をかけ、しかも醜態をさらすに忍びない」とか、「死ぬことは別に怖くない」といった、見方によっては生と死の境をあまり絶対的なものとみなさない淡々とした表現に相当する部分が、かなり含まれているのではないかと思われます。
こういう要素によって自殺者の心理を考えておくと、いまこの国で中高年層の男性に自殺が増えている要因がある程度までは内側から理解できるような気がします。多くの男性がもともと持っている「心のもろさ、硬さ」「関係作りの拙劣さ」「観念性」「足が地に付かないロマンチシズム」「身辺に対する気遣いにあまり価値を見出さないこと」などに適合するように思われるからです。
これに対して、女性は、人間を生産する性であり、身の回りのこまごました必要事や趣味、衣食への関心などに時間を費やすことに満足を見出す人が多く、また、ことに十分成熟した中高年になると、同性同士での関係作り、ネットワーク作りが上手になります。何かこまごましたことを媒介にして、お互いに寄り集まる本能的な知恵を持っているように思われます。
現在、中高年男性に比べて中高年女性の自殺がこれほど少ないのは、豊かになったために男性に依存する必要を感じず、また法的・社会的平等と個人主義的風潮とが浸透しているので、たとえ夫婦関係を続けてはいても、心理的には男と長年連れ添うことの意義をあまり感じていないからではないかと思われます。仕事に対するやりがい喪失や孤独は、大方の男にとって避けるべき大きな問題ですが、いまの中高年女性は、孤独な境遇であっても、それを逆に楽しんでしまえるのではないか。
また、かつて50年代から60年代にかけて若者たちに自殺が多く、逆に中高年層に少なかったのは、明らかに時代的要因によるもので、当時は生きるための価値観の方向性が比較的単純で、豊かになること、えらくなることというところに絞られていましたし、しかもみなが貧しかったために激しいハングリー精神が要求されました。だから若者にとっては必然的に荒々しい時代で、大きなロマンを抱くことを要求されると同時に、そのロマンに挫折したときの痛手も大きかったと思います。また当時は都市部でさえ伝統的な村社会のしがらみが強く、近代的自由が実質的にはそれほど与えられてはいませんでした。親の世代からの縛りもいまよりはるかにきつかったので、そこからうまく脱却できる若者が相対的に少なかったのではないかと考えられます。田舎から大都市に出てきて、うまく適応できなかったり、何か激しい挫折感を味わったりして、落ち込んでしまう人も多かったことでしょう。
逆に当時の中高年男性には、家族を養い、社会の一翼を担うという使命と役割がはっきり与えられていて、それはきついと同時に、いや、きつければこそよけいに仕事に打ち込むことができ、それを生きがいとしていたので、自殺などを考えている余裕はなかったのではないでしょうか。
自殺の最大の引き金になるといわれている「うつ病」も、相談件数や患者数が激増しているといっても、それは、何かかつてに比べてひとりひとりに絶対的なかたちではっきりそれとわかる壁が突きつけられているというのではなく、むしろ、近代社会達成後の一種の反動のようなもので、日本社会全体が、目標を喪失しどこへ向かって舵を切ってよいのかわからないような空虚な気分、活気を失った気分に覆われていることが、底の方にあるように思います。そのため、「激増」それ自体をそのまま真に受けて、ひたすらその事態を深刻視するのではなく、普段の生活と地続きになった「慢性的なうつ気分」を持つ人の裾野が広がっているという状態とみなすべきではないかと思います。
というようなことを考えてみたのですが、この直観みたいなものに、あまり自信や根拠はありません。それで、今回のシンポでは、「日本社会全体に漂ううつろな気分」というあたりに焦点を定めて、精神科医の人たちに対して、「それぞれの臨床経験から時代を読む」という課題を提起してみてはどうかと思います。
小浜逸郎 2009年4月
シンポジウムは終了しました。たくさんのご参加ありがとうございました。
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ファックス 03-3402-5558
電子メールアドレス kouza@ningengaku.net
郵便振替口座
「人間学アカデミー」00190-1-685112
お申し込み確認後、入金方法を記したもの(郵便振替かジャパンネット銀行からのご入金となります)、受講票(入金後、有効となります)を送付しますので、ご入金をお願いします。
【懇親会について】
●シンポジウム終了後、参加講師を囲んだ懇親会を行ないます(参加費は別途)。こちらのほうもぜひご参加ください。
●お申し込み方法 当日、講義開始前に参加希望をうかがいます。
シンポジウム 精神科医が診る、現代日本のうつろな気分(第8期シンポジウム)
* 自殺についてだけでなく、発達障害や現代の若者のコミュニケーション等々いろいろなお話を幅広く伺うことができ、大変興味深く聞かせていただきました。
今の学校でのコミュニケーションに関する話では、私自身は現代日本では価値観が多様化し、むしろいろいろな面で評価されるようになってきたと感じていたのでコミュニケーションが巧みかどうかに価値観がかたよっているというお話は少し意外な感じがしました。
[Nさんの感想]
* どの先生も本を読んで、お話を聞いてみたかった先生方の豪華なシンポジウムで、あっという間の充実した4時間でした。
滝川先生の”きつさが一方でこの世に自分をつなげている”という言葉が印象的でした。
この世と自分をつなげる”きつさ”は”傷つく免疫”や”リア充”や”関係のつながり”やそんなものからできているのかな…とあらためて思いました。
安全感を保つために、コミュニケーション脅迫が起こるというのもなるほどと思いました。
[匿名の感想]
* 現場の先生方の体験に基づいたお話を聴くことができて、多くの視点をいただくことができました。
ありがとうございました。
滝川先生の産業構造の変化にともなう、人が求められているものの変化はわかりやすく、コミュニケーション偏重が理解できました。
3人の先生方の個性と、簡潔で的確なご指摘に学ばさせていただきました。
失敗談も率直にお話ししていただき、具体的に考えることができました。
[匿名の感想]
受講生から寄せられた感想です
