人口減少社会の是非

2006 年 1 月 12 日 木曜日

昨年暮れ、厚生省が人口動態の推計値を公表した。出生数が死亡数を初めて下回り、早くも人口減少時代に突入したことが明らかとなった。論壇は、少子高齢化現象と絡めて、この現象がこれからの社会に与える影響の是非をめぐってにぎわいを [...]

中学公民教科書を読む

2005 年 8 月 12 日 金曜日

来年から使われる中学教科書の採択作業が八月末を目途に進んでいる。四年前同様、今年も歴史教科書や公民教科書をめぐってひと騒動ありそうである。現に、六月十四日付産経新聞のコラム「産経抄」によると、札幌市教職員組合が見本の展示 [...]

藤沢作品に見る諦念の意味

2005 年 6 月 12 日 日曜日

藤沢周平の武家ものに時折、年寄りの意地っ張りがユーモラスな筆致に載せられて登場する。彼らは石高があまり高くない閑職に着いているか、隠居して息子に家督を譲った身分である。
 著者四十八歳の作品「臍曲がり新左」(『冤罪』新潮 [...]

人はなぜ家族を営むのか

2005 年 5 月 23 日 月曜日

■子どもの養育が家族の根拠?
  人はなぜ家族を営むのか。
  この問いにうまく答えるには、もし人が家族を営まないとどうなるかと考えるとわかりやすい。
 家族を営まなくても、男女の性交渉は行われるだろう。すると、全員が常 [...]

書評 「自閉症裁判」 佐藤幹夫 著

2005 年 5 月 22 日 日曜日

二〇〇一年、浅草の路上で白昼、女子短大生が包丁でめった突きにされて殺害された。レッサーパンダ帽を被った犯人には「高機能自閉症」と診断されるのにふさわしい障害があった。第一審公判は三年余にわたり、被告に無期懲役の判決が下っ [...]

小学生の“自主性”を考える

2005 年 3 月 30 日 水曜日

■はじめに
 編集部からむずかしいテーマを与えられて、しばし考え込んだ。だが一方では、これまであまり光を当てられることがなかった「学童期」を取り上げるという斬新な企画に敬服の念を抱いた。なるほど、そういえばそうだ。幼年期 [...]

「男の純愛」は可能か

2005 年 3 月 20 日 日曜日

「愛」という言葉は、とかく美しい誤解のもとに語られがちである。私たちはまったく質の違ったものをひとくくりに「愛」と呼ぶ粗雑な習慣に慣らされているので、この言葉を使うときには、どういう意味で使っているのか自覚的でなくてはな [...]

解説・「思想」の大きさについて

2005 年 3 月 10 日 木曜日

日本語の「思想」という言葉には、なにやら重々しい響きがともなっている。「思想家」となるともっと物々しい感じで、自分から「私は思想家です」などと冗談抜きで表明すれば、あきれ顔をされずにはすまないだろう。
  最近私は、いわ [...]

禁煙論議にひとこと

2005 年 2 月 18 日 金曜日

ここ数年、公共空間での禁煙エリアが次々に広がり、嫌煙家と愛煙家との対立や分煙の工夫がさまざまに演じられている。もちろんこのせめぎ合いは、迷惑をかける可能性を持つ側の愛煙家に分が悪く、彼らはしぶしぶ「時代の流れ」を受け入れ [...]

いま、なぜ言語論か

2005 年 1 月 18 日 火曜日

ここ数年、言語に関心を持ち、のろのろと勉強してきたが、あまりに緩慢なペースのために、いったい自分がどうして言語に関心を持ってきたのか、その初発の動機がどこにあったのかがぼやけてしまった。それをこの時点できちんと再確認して [...]